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仕事は自分の自己実現の場ではない

『じゃあどうやって身を守るかというと、ルールを知ることなんです。
ルールって法律です。
(中略) 法律は行動力の無い人を守ってくれるわけじゃなくて、行動力のある人を守るんです。法律を知らない人を守るんじゃなくて、法律を知っている人を守るんです。』幡野広志

仕事をしていくなかで、得られるものは多い。
活き活きと働くことで充実感を得られるし、上司から認められたり後輩から信頼されたりすると、自分に自信を持てる。家に閉じこもるよりも、外に出て働いたほうが、心も身体も健やかになる。

仕事を通して、学ぶこともたくさんある。特に人間関係を通して、ストレスを感じることも多いけれど、そうやって悩むことはものごとを深く考えるキッカケとなる。

仕事を大事にする。
それはもちろんそう。

だけど、

『仕事を大事にしている人や、自分の仕事を誇りに思っている人 (中略)こそ「たかが仕事」という観点を持っている気がします。
(中略)仕事は自分の自己実現の場ではない。そこをちゃんと分けている。』しいたけ.

決して、仕事をばかにしているわけではない。
ただ、仕事ばかりしているとどうしても井の中の蛙のようになってしまいそうで怖い。仕事ができること=自分は立派な人間だ、そう考えている人がとても多いようにおもえる。

そしてその間違った自己肯定は暴力につながる。
仕事ができないヤツを侮辱してもよい、プライベートでもオレを敬え。

それは違います。
仕事に関する知識と技術はあなたの方が上なので(それも単に経験年数が長いからだけど)、指示には従いますが、人間的には対等です。人としての優しさや知性がなければ、あなたを尊敬できません。

前職で、日常的にまた目下であれば誰に対しても侮辱的な言葉を吐く上司がいた。その人は結果的に自主退社のようなかたちに追い込まれたけど、いま思えば、ちゃんとボイスレコーダーで録音し、胸ぐらを掴まれてアザになったところは病院で診断書をもらうなどして、然るべき法的手段をとればよかった。自分にも悪いところがあるのかもしれない、なんておもって、暴力(ハラスメントというカタカナにして、柔らかくした言葉は使いません)に耐える必要は全くなかった。

憲法というのは、権力のある者の暴走を防ぐため、法律というのは、弱い立場にある者を守るために存在する。私たち被雇用者は、必要に応じて法律を学び、その知識を武器として、自らの尊厳を守らなくてはいけない。今ならそう思える。

コロナで政府の要請に従わない飲食店には罰則を設ける、そんな法律は納得できないと声を上げる店主をニュースでみた。

でも、そういう人に対して、冷笑するような態度をとる人は多い。

「政治に声を上げたって、何も変わらないでしょう。熱くなるのはカッコ悪いよ。なにかの宗教みたい。」

政治は宗教ではない。
特定の議員や政党を、盲信しているわけではないから。
政治がまともなら、安心した生活を送れる。
声を上げることは、自分たちの生活を守るため。
声を上げることは、人間としての尊厳を守るため。

権力ある者の暴力に、従ってはいけない。


知識をもって、抗うこと。
そうできる人間になりたい。

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