第11話 主演ぼく 助演ぼく

 翌日、セントロでリノと待ち合わせて監督と会うことになった。ヘクターというちょうど若い頃のサミー・ナセリに似た坊主頭の男だった。彼の話を聞くと、二週間後から撮影を始めるということだった。
 もうこの街でやることはあらかたやりつくしていたので、僕は一度ここから六〇〇キロ離れたメキシコシティまで旅を進めたあと、バスで戻ってくることにした。

 二週間後、再びアグアスカリエンテスに戻ってきて、いよいよ映画の撮影が始まった。一日目はセントロ近くの古い倉庫での撮影で、そこで初めて台本が渡された。撮影自体は一週間ほどで終わる予定だという。
映画のタイトルは「Regresa(戻ってくる)」
 物語はこうだ。舞台は近未来の日本。そこにアユムという天才科学者がいた。ある日アユムはメキシコ人の彼女シボネに振られてしまう。シボネを忘れることができないアユムは持ち前の科学力で、もう一人のシボネを造り出そうとする。周りの反対を押し切って、アユムはもう一人のシボネを造り出すことに成功するのだが、完璧すぎるコピー人間だったがために、結局その彼女にも同じようにアユムは振られてしまう、そんなストーリーだ。
 僕はそのアユムの暴走を食い止めようとする親友のカズオ役。けっこうな重役を与えられていることにここで気付く。幸いにもセリフは日本語だった。
 スタッフは僕より若い人間がほとんど、新進気鋭の夢見る映画チームといったかんじだろうか。彼らが舞台セットを準備している時、ヘクターがアユムを演じる男を紹介してくれた。
「彼が今回、主人公を務めるシンジだよ」
 僕は、彼を見てあれっと驚いた。名前もそうだったけれど見た目も日本人だったのだ。クリクリした目が母性本能をくすぐる二宮和也のような優男。この映画のために日本人を起用したのだろうか?
「えっと、日本の方なんですか?」
「………?」
 シンジは母親が日本人の日系メキシコ人だった。風貌はほぼ完璧な日本人だったが、こっちで育ったから日本語を話すことはほとんどできなかった。
にもかかわらずシンジに与えられているセリフも僕と同じ日本語だった。メキシコらしいというかなんというか。僕は少し不安になってシンジに聞いてみた。
「日本語はちゃんと話せるの?」
「………?」
「ええっと…アブラス ハポネス?(日本語話せるの?)」
「ノン プロブレマ!(問題ないよ)」
 シンジはその甘いマスクでニコッと笑いそう答えた。
 これは、これは…。完全にプロブレマやでぇ…。

 うす暗い倉庫を、道を踏み外した天才科学者の研究室に見立て撮影は始まった。僕の出番は数日後らしいがそれまで舞台の脇でシンジに付き添って、日本語のアクセントや発音のアドバイスを送る役を預かった。
 しかしそうは言ってもたかが付け焼刃である。短いセリフならシンジはなんとかそれっぽく話すことができたが、長いセリフともなればそうはいかない。どうしてもぎこちない話口調になってしまう。
「コレハボクノダイハツメイダ」
「うーん。もう少し抑揚をつけて話せないかな?『これは僕の大発明だ』って」
「これハ僕ノダイ発メイだ」
「うぅーむ…」
 なかなか進まない撮影にヘクターも少しもどかしそうで、「もっと低く!もっと太い感じで」と指示を出していた。
 重たい空気があたりに停滞している。まずいなぁ。どうやったらこのアクセントの口調が彼に伝わるだろう。もっと大袈裟に?もっと快活に?うーむ、とあれこれ指導しているうちに、僕の中の変なスイッチが入ってしまった。
「これは僕の大発明なのだ!うわぁっはっはっはー」
 思い切り野太い声で、ふざけた感じで叫んでみた。
 ぷぷっと倉庫内に笑い声が漏れる。停滞感のあった現場の空気が少し和らいだ。すると、さっきまでモニターの前で顔をしかめていたヘクターが立ち上がった。
「それだ!アツシがその声色でシンジの声を吹き替えればいいじゃないいか」
 なるほどそれは名案!いや迷案すぎるでしょうが!

 しかし結局、後で主人公の声を僕が吹き替えるということで、その後の撮影は順調に、そして無理やり消化していった。僕も与えられた役どころは大根演技なりに演じきった。
 撮影終了後の後日、僕とヘクターと音声チームはスタジオに入り、アフレコ録音に入った。
 そしてここでもまたおかしなことが起こった。
 僕自身、声色を変えて主人公のアユムを演じることはなんとかできそうだったのだが、ヘクターから「映像の口の動きと合わせてくれ」と注文が入った。適当かと思いきや変なところではこだわるやつだ。
 スタジオに持ち込んだモニターを見ながらアユムを演じるシンジの口に合わせて話す。するとどうだ。映像のシンジは当然カタコトでセリフを話しているので、口の動きもむちゃくちゃだから、それに合わせて僕も口を動かすと、僕自身もカタコトになってしまうのだ。
「コレハボクノダイハツメイダ」
 あかん。これじゃ、誰がやっても変わらないじゃないか。
「オートラ べス(もう一回やらせて)」
 そう言って防音ガラスで仕切られた録音室側にいるヘクターを見たのだが、彼は、「ムイ ビエン!ペルフェクト!(いいねぇ、完璧!)」と親指を立てて満足そうな笑顔を浮かべていたのだった。
「オマエ、日本人なら何でもいいのかよ…」

 かくして短編映画Regresaはクランクアップを迎えた。ここで一部のシーンを紹介することにしよう。クローン人間を造ろうとするアユムを友人のカズオが止めようとするシーンである。

「人間を造るんだ」
「人間だって!?アユム!それは自然の理に反してる!そんな精巧なオモチャで神を気取ることなんて出来やしない。それにもう二度と賞に参加することだって出来なくなってしまうんだぞ!?」
「賞はもう興味ないんだ。カズオ、僕にとってシボネがどれだけ大事なことか…。」
「……僕には分からないよ…」

 これらはすべて僕が一人芝居で演じている。

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