第7話 本当のスタート地点へ

 もう少しここに泊まって写真を撮っていくよというスティーブとはイエローストーンで別れ、明石さんとも隣接するグランド・テトン国立公園を抜けた先で別れることになった。大きな街を避けたいという明石さんに対して、僕は少し街で休みたくなったからだ。
「くれぐれも安全運転で。死なないでくださいよ」
「伊藤さんこそ。また会おう」
 一週間ほど一緒にいたせいもあって、何だか別れの時は妙に感傷的になった。それでも最後に交わした握手は固くてちょっぴり痛い旅の握手だった。

 ソルトレイクシティのホステルで三日ほど休養をとった後、再び南下を始めるとグランドサークルに入った。グランドサークルとはラスベガスの南にあるパウエル湖を中心に半径二三〇キロ圏内のエリアを指し、この辺りには奇岩や大峡谷をあちこちに見ることができる。その名を天下に轟かすグランドキャニオンもここにあるのだが、この辺りにはそんなすごい大自然がゴロゴロしているエリアである。
 中でもブライスキャニオン国立公園がお気に入りだ。ここはフードゥーと呼ばれる浸食で削られた岩石の柱が密集するエリアになっている。ゆったりと半円状にカーブした谷の縁から数千ものフードゥーを見下ろすと、ここがアンフィシアター(円形劇場)と名付けられた理由も分かってくる。個性的な形の石柱たちが時間帯とともに赤やピンク、オレンジ色に刻々と色を変えてゆく。
 急速に気温が下がる夜、我慢出来なくなってもう一度、フードゥーを見下ろす縁に行ってみると、信じがたい程の星が目の前に煌いた。
「うわぁ」
 ここはアメリカでも有数のスターウォッチングが出来る場所だそうだ。目が暗闇に慣れてくると、今度はそこにボワッとフードゥーのシルエットが浮かび上がった。不気味に佇むその姿は、まるで今にも動き出しそうだ。
 今回、ブライスキャニオンは二回目の訪問となったのだが、その魅力は一切色褪せていなかった。
「やっぱ、すげぇ」
 僕がこの辺りに惹かれる理由は、単純に日本では見られないスケールの大自然が見られることにあるだろう。乾いた風が吹きつける荒涼とした大地は森深い福島の土地の中で育った僕の既成概念の対極にあるように思えた。途方もない時間をかけて造り上げられた自然の造形物たちに触れていると、おこがましくはあるが僕の持っていない感覚を手に入れられるような気がするのだ。自然の素晴らしいところは理屈云々を抜きにして、その場所に行った誰にでも平等に実体験として語りかけてくれるところなのだと思う。

 さて、実体験と言えばもう一つ驚いたことがあった。この辺りから5年前の自転車旅で走ったルートと重なっていたのだが、ガソリンスタンドの場所や、その時食べたもの、道の起伏などをはっきりと覚えていたのだ。
 あと十キロ行くとジャンクションにぶつかって、降りたところの右手にモーテルがあったはず…。ほら、やっぱりあった。
 自転車も同じなのだ。タイヤからハンドルへと伝わる大地の震動や、ペダルを踏み込んだ時の太ももの張り、からからで飲み干すコーラの喉越し、そういった実体験で自分を土地に刻み込んでいるのだ。そこに僕がこの乗り物を旅の手段として選んだ理由がある。
 ニューメキシコ州に入って最初の街ギャラップを過ぎると、対向車線側にバカでかいトラックストップが現れた。あぁここで野宿したんだったなぁ、酔っ払いに絡まれて大変だったんだ。
 懐かしくなって立ち寄ってみると、ストアもレストランも何も変わっていなかった。ここのトラックストップにはシャワーのみならず、なんと床屋まで入っていたのだが、トイレに深くて大きなシンクがあったから、そこで頭と上半身を洗ったっけ。周りはドン引きしていたなぁ。
 サンドウィッチ屋の入った建物の角に行ってみると、そこにはかつて僕が寝袋を広げた場所がそのままであった。日が暮れてしまい途方に暮れてしまったところで、このトラックストップの煌々とした明かりに命からがら吸い寄せられたことを覚えている。壁にもたれかかって、へとへとになっている五年前の自分がそこに浮かびあがった。その男に僕は話しかけた。
「大丈夫、お前はちゃんとアメリカを走り切るよ。だから今、俺はここにいる」

 二日後、アルバカーキに到着した。すっかり廃れてしまったルート66の往時の雰囲気がまだ残っている数少ない街だ。ここから僕はいよいよ訪れたことのない地域へと足を進めることになる。メキシコが目の前に迫ってきた。
 バンクーバーからここまで約二カ月。準備運動には少し長すぎたくらいだ。ここからが本当の地球を巡る旅のスタート。これからもたくさんの実体験をこの体に刻んでやろう。

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