理念に浸り、超えてゆく
このところ新聞やビジネス誌などで、アンラーン(Unlearn)とかリスキリング(Re-skilling)という言葉をよく見かけます。
以前も別のnoteで書いていたと思いますが、私はこの言葉に危うさと違和感を感じています。そんな簡単に捨てたり書き換えたりしてしまって良いものなんだろうか、と。
よく聞くのは、時代が変わってそれは古くなったとか、もう通用しないのだとか言う声ですが、本当にそうでしょうか?
成功体験から培われたものには、根底にその組織にとって大切なものがあるはずだと私は考えています。
だから闇雲に否定しない方がいい、アンラーンすることで企業の礎のようなものが吹っ飛んでしまい薄っぺらい組織になってしまいかねない、と思います。
「変革」を掲げ、現状や過去を否定して、ビジネスプロセスから企業文化までを塗り替えていった結果どこにでもあるようなつまらない普通の会社になってしまったのを前職で見てきた私としては、これは確信に近いものになっています。
でも、時代は変わり過去の成功体験に依存しているだけでは組織は生き残っていけないでしょう。どうしたら良いのかの答えが見つかってなかった私でした。
…が、たまたま以下の放送を聞きました。
最初流して聞いていていい話だなと素直に感動していましたが、組織に当てはめて考えた時に、ひょっとしたらこれは!と思いました。
これこそが実は今の日本に必要なのではないか、と。
放送の概要とそこから何に気付いたかを整理してお伝えしてゆきます。
理念や哲学を再言語化する
放送の中でお話をされているのは野澤武史さん(通称ゴリさん)です。
パーソナリティの荒木博行さんとはラグビーをプレイしていたという共通点(後輩なのかな?)があります。
野澤さんご自身はラグビーの元日本代表で、今は出版社の社長をされていますが、現役時代に引き続きスポーツ選手の育成にも力を入れていて、体格や身体能力の優れた将来有望な選手をピックアップして合宿して強化するBigman&Fastmanキャンプで将来日本代表に育つかもしれないダイヤの原石のような選手を育てているとのことです。
対談は3回に渡っていますがその2回目の放送で、外部コーチとしてチームに関わる際に「理念や哲学を言語化する」と言う話が出てきました。
内部の人間にとっては当たり前になっている理念や経営哲学がホコリを被ってしまっていて、言葉としては伝え続けられているけれど魂が入ってなかったりする。そこにどのように関わって行ったかという具体的な事例の紹介でした。
例えば「不撓不屈」と言う言葉や「一丸」がチームの哲学としてあったとして、それって一体どう言うことであるのかを実際にイメージできるように、あらためて自分たちの物語にして行けるように働きかけるのだそうです。
それができるようにするために、まずはその言葉が出てきた背景や歴史をとことん調べたり当時の人に話を聞いて、どんなことがあったからできた理念や哲学であることを理解します。
それをチーム全体に紹介して、そこから自分たちの体験に紐づける、ないしは自分たちの体験をその理念のストーリーに準えて語り直してみる、と言うように聞こえました。
スポーツチームだけでなくビジネスの世界でも理念が言葉だけになって額に入れて飾られているだけになってしまっているケースはよくあることではないでしょうか。
この話をビジネスに当てはめたときにどんなことができるかを考えてみます。
組織の中で埃を被る理念や哲学
ご紹介した放送を聞く少し前に、偶然に以下のようなコラムを発見しました。
コラムの中では、経営理念は企業の社会における存在意義を表していて、何のために仕事をしているのかを方向づける拠り所であるとしています。
しかし、会議で唱和したり額に入って壁に飾られているだけの飾りになってしまっている企業も多いと指摘されています。
また、そういった理念は顧みられる機会がなく、結果として理念とかけ離れた判断が行われるなど仕事の現場に活きていない状況が散見するようです。
理念や哲学は、それが言葉だけ切り取られて伝えられていると、人によって受け取り方や解釈が異なってしまうので、そのようなことが起きるのでしょう。
理念が作り上げた企業風土や文化は、それが上手く行っていたからこそ続いてきていました。理念の作られた時代背景とは現代は全く状況が違っています。
言葉だけでは伝わらないからと、理念を提示した創業者の想いや当時の状況を伝えても、聞き手にとっては単なる昔話に聞こえるでしょう。
そればかりか、マネジメントが昔を懐かしんでいるように聞こえてしまうかもしまい、未来のない企業のように感じられてしまうかもしれません。
コラムの中では、経営理念を形骸化させないためには経営者自身が理念を率先垂範することが大切であり、それによって上辺だけの解釈が改められて行くとあります。
なるほど、確かにそうかもしれません。
でも、ご紹介した放送の内容を振り返ると別のやり方が組織開発的にできそうだなと、思えてきます。
組織開発に当てはめてみる
企業理念や哲学が形骸化したり上辺だけになってしまうのは、それが実践されることなく言葉として念仏のようにリピートされているだけであるからだとすると、そうならないようにすれば良いわけです。
野澤さんがチームに対して行ったように、まず理念や哲学が生まれ出た背景をよぉく調べてみるところがスタートだと思います。
できれば理念が作られた背景を物語として誰かに説明してもらえると良いのですが、それがなければ社史のようなもの引っ張り出してみても良いでしょう。
私が以前勤めていたスリーエムという会社では、経営理念を謳った第4代のCEOの言葉が残っています。そして言葉だけでなく言葉が語られた背景が物語として延々と伝えられています。
それは確か1948年の話でした。もう75年前の話ですが当時の状況がありありと伝わるようになっていて、それを聞くたびに魂が震えるような想いを私はしたものです。
事実を伝えるのではなく、登場人物たちの想いや感情が伝わってくるようなものは古い話であっても今の人たちの心を動かせると思います。
そうやって理念の物語を掘り起こすことができたら、次はそれを自分たちの今の状況に当てはめてみることです。
理念の物語で語られているようなことを今自分たちが実践したらどうなるだろうか、あるいは当時なかった現代ならではの工夫で物語を体現したらどのようになるだろうか?
…と考えてみるのです。
頭の中で当てはめてみただけでは、妄想の域を出ません。
実際にとことんやってみることで哲学や理念の真意を知ることができます。
これは例えば、「失敗を許容し、そこから学ぶ」という理念があったとしたら、
今まで緻密な計画を作ってから行動していたのを一旦やめてみて、まず行動してみて上手く行かないところが出てきたら素早く振り返り、何が原因でうまく行かないのかを皆で学習し、修正した行動で再トライする、みたいなことを始めてみる…
みたいなことだと思います。
これを実際にやってみると、今まで自分たちは失敗を恐れるから緻密に計画し、それがスピードを遅くしつつ、社員がリスクを取ることができなくなってゆく状態に陥っていた事に気付けたりします。
そして、うまく行かなかったら修正すれば良いと考え方が切り替われば、思いついたことをどんどん実践するようになり、アイディアも出てくるしスピードも上がって行くことになります。
こうして掘り起こした理念の物語を自分たちで追体験することで、理念の根底にあった意味のようなものが自分たちの中に肚落ちしてゆきます。場合によったら理念の言葉とは別の言葉で言語化できるかもしれません。
もはや肚落ちした理念は自分たちのものになっているでしょう。そして、もともとあった理念から来ているゆえの一貫性と力強さ、安定感があるはずです。
自分たちのものになっているからこそ今後もアップデートされ続けます。
そして、それによって今までは言葉だけであった理念も、理念を作った人の想いをも超えたより力強い礎となり、組織の新たな拠り所であり指針となって行くのではないでしょうか。