SS『幽霊の作り方:2』タターヤン
その日の夜、オニカズラが酷く取り乱した様子で私の部屋に転がり込んで来た。
「ルーデンス!俺の手!手を見ろ!ハハハ、俺の手を!見ろよ!」
彼の手は指先が黒く変色し、所々損壊していた。
「オニカズラ、落ち着いて椅子に座れ」
「フフフ、そうだな落ち着かないと椅子に腰掛けた途端に身体が溶けちまうかもしれないからな!ハハハハハハ!」
フラフラと椅子に着いたオニカズラは急に静かになると、ポツリとこぼした。
「俺はもうダメだな…」
「むしろ良かったんじゃないか?もうキミの嫌いな仕事に取り組まなくて済むじゃないか」
「…知らないのか?旧型が仕事を終えられるのは、データ世界のニンゲンからの反撃で逆にデリートされた時か、任務中に失踪した場合だけだ。俺達はデータ世界にダイブさせた自分の情報を失うか、この身体が完全に溶けちまうまで働き続けるんだ。こうなっちまった俺の末路なんて、2つに1つなんだよ…お前にだけは最後に話しておこうと思ったんだ」
「最後だなんて…」
「最後だよ。最後に決まってるだろ?なあ、ルーデンスよぉ、俺がもしも任務でしくじったら、俺の代わりにお前が任務を遂行してくれよ…そうすれば俺の心も幾分か救われるってもんだ。頼むぜ?」
「MOTHERがそう計らってくれるとは限らない」
「…そうだな。心のない新型に弔合戦を頼むなんて俺がどうかしてたよ。こりゃいよいよ頭まで蕩けちまったかな?」
「そうは見えない」
「そうか、そりゃ良かった」
邪魔したなと言うとオニカズラは足を引きずりながら部屋を出て行った。
それから2、3日仕事をこなしたが、オニカズラはまだ生きていた。元々優秀な"バグ"だった。そうでなければもっと早く終了できたものを、彼はアズマワディカを服用しながら何とか仕事をこなしていた。
そんなある日の夜、1日の仕事をこなし、床に着いた私の部屋にドアをノックする音が響いた。
「…誰だい?」
ノックの音は続いている。
私はドアまで近付くと再び聞いた。
「誰だい?」
「…俺だ。オニカズラだ」
「待ってくれ。すぐにドアを開ける」
「いや…いいんだ…そのままで聞いてくれ……ルーデンス、前に言った俺のお願い…覚えているか?」
「キミの仕事を代わりにこなせというやつかい?」
「それだ……それを頼みに来たんだ…」
「どういう意味だ?」
「……俺はこの苦しみをもう味わう必要がないって意味さ……終了しなくて済む方法を見つけたんだ…唯一の…友人であるお前にだけは話しておこうと思ってな……」
「そんな方法があるのか?終了しなくて済むのなら、キミの仕事はキミがこなせば良いんじゃないのか?」
「……ハハ…そりゃそうだ……じゃあな…ルーデンス…俺の心無い友よ…」
そう言うとドアの前の気配がズルズルと隣室に戻っていくのを感じた。私にはどうもオニカズラの言った事が悪い事の予兆のように感じられた。
次の日、オニカズラは任務中に失踪した。彼がデータ世界から帰ってくる事は無かった。彼の情報は、腐り蕩け、全身がグズグズになり始めていた自らの肉体を捨てて消えてしまった。
彼の手足が蕩け出している事を知っていた者たちの多くは、ついにしくじったかと噂した。旧型"バグ"達はいつもの事だと何でもない風を装っていたが、「次は自分だ」という不安が目の端に浮かんでいた。
それでも仕事は続くもので、感傷には浸っていられない(浸る心が私には無いが)。何度も何度もデータ世界と元の世界を行ったり来たりする日々を忙しく過ごしていたある日、あのデータ世界に派遣された。
そのデータ世界は、どこまでも続く真っ白な花畑で出来ていた。
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