SS『幽霊の作り方:1』タターヤン
かつて、世界は『ニンゲン』という種族を中心に回っていたらしい。しかし、彼らは己の傲慢さと強欲によって世界を滅茶苦茶にし、自らの住環境を自らの手で破壊し尽くした。途方に暮れた彼らは、自らの記憶・人格をデータ化し、巨大なサーバーに移植する事を企て、成功させた。
そのサーバー内で個々人が望みの世界を創造し、そこに埋没する事でニンゲンは永遠の生命を手に入れた、かのように思えた。
200年の間はそれで良かった。しかしその内、サーバーの管理をニンゲンに任されたMOTHERと名付けられたAIは困難に直面した。
ニンゲンの望みに果てはない。際限なく広がり続ける個々人のデータがサーバーの容量を圧迫し始めたのだ。
そこでMOTHERは、"バグ"と名付けた存在を生み出した。"バグ"とは、ニンゲンのデータ世界に侵入し、MOTHERによって不要と判断されたデータ世界の主を"終了"させる(かつてのニンゲンの言葉を借りれば"殺害"だ)事でサーバーの容量を確保する仕事に従事する、MOTHERによって生産されたHumanの総称だ。
"バグ"の朝はMOTHERからの指令によって始まる。私の今朝の任務は、ペドフィリアでサディストな女のニンゲンの"強制終了"だった。
小賢しいことに、ニンゲンの中にはサーバーの情報を共有するネットワークを構築している者がいるらしく、彼らは"バグ"の存在に薄々勘付き、自分の世界に自分以外のニンゲンを大量に生成する事によって目眩しを行おうとする者がここ100年は増えている。執行装置で目の前に現れるニンゲンを片っ端から終了していくだけなのだが、これが時間がかかる。
今回のニンゲンは楽だった。小さなニンゲンの躯の山に腰掛けた、装飾華美なニンゲンが"強制終了"の相手だと一目で分かったからだ。
データ世界から元の世界に戻り、視界のホワイトアウトが終わる頃、私は自分の目の前に見知った男が椅子に腰掛けている事に気付いた。
「おかえり、ルーデンス。相変わらず優秀だな」
血走った目をギョロギョロさせながら、鼻血を流している男はそう言った。
「ただいま、オニカズラ。鼻血が出ていますよ。まだアズマワディカなんて使っているのですか?」
「うるせぇ、お前達新型にゃ心のある旧型の気持ちが分かるものかよ。これは俺達旧型にとっては必要悪なの」
鼻血を拭いながら、その旧型"バグ"、オニカズラは言った。
最初の"バグ"はかつてのニンゲンと同じように設計された。彼らは欲を持ち、心を持ち、肉体を持つ"バグ"だったそうだ。MOTHERはすぐに誤ちに気付いた。最初の"バグ"の殆どがデータ世界から帰ってこなくなった。ニンゲンの欲によって作られたデータ世界は彼らにとっても魅力的に映ったのだろう。
MOTHERは最初の"バグ"から感情を取り上げ、次世代の"バグ"を作り上げた。彼らは欲を持たず、心と肉体を持つのみだった。しかし、MOTHERはまたしても誤ちを犯した事に後から気付いた。心を持つ彼らは、自分達と同じ見た目をするニンゲンを終了させる事に病み始めた。
心を病んだ彼らはドラッグに手を出した。それがアズマワディカだった。この真っ赤なドロドロしたドラッグは、使えば一時的に心を鈍らせる事が出来る。しかし、その副作用が強烈だった。最初は頭痛程度だが、使用を続けると鼻や目からの出血、喀血を引き起こし、末期には手足が腐り、蕩け落ちるという代物だった。
幾体もの"バグ"を中毒症状で失ったMOTHERは、まだ足りない事に気付いた。そして新たに作られたのが、欲も心も持たず、ただ肉体を持つのみの新型"バグ"だった。
「手足が腐って蕩け落ちるとしても?」
「手足が腐り蕩け落ちるとしても。これ無しではもう俺達は仕事も出来やしねぇんだ。ほっといてくれ」
このオニカズラという"バグ"は、生産されたばかりの私を何かと気遣ってくれた先輩だった。彼の個室が私の個室のすぐ隣にあった事もあり、よく世話を焼いてくれた。
「お前には心がないから分からないかもしれないがな、自分と似た見た目をした生物を何度も何度も"終了"させるのは正気で出来る仕事じゃねぇんだ。俺達旧型はもうとっくの昔に壊れてるんだ。任務中に失踪したヤツだっている。旧型仲間はもう片手の指で数え切れるほどだ!俺達には…」
そこまで言うとオニカズラは咳き込んだ。口元を抑えた手には血が見えた。
「…これが必要なんだ。さあ、お前はもう仕事が終わったんだろう?もう休め。俺はアズマワディカが切れる前に仕事を終わらせなきゃいけねぇ。さ、行った行った」
ヨロヨロとサーバーへのダイブ準備を始めたオニカズラを見守って、私は自室へと引き上げた。
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