昼寝族の奇跡
僕の疲れ解消法は、ありきたりではあるが、睡眠である。
疲れを癒すために睡眠に勝るものは無いと思う。疲れた時はぐっすり眠るのに限る。逆に寝不足のときは如実に体調が悪くなる。
もちろん夜にしっかり睡眠を取ることも大切だが、昼寝も同じくらい大切だと思う。僕は仕事の昼休みに必ず昼寝をするようにしている。昼寝といっても20〜30分程度、机に突っ伏して眠るだけだ。目を閉じるだけで終わることもある。しかしこれだけでかなり頭がスッキリするし、午後の仕事もはかどる。なにせ昼寝が作業効率を高めることは、学術的にも証明されているらしい。
ところでこの昼寝を巡って、僕の職場でちょっとしたドラマがあった。
いまの会社に入った頃、昼寝に関する環境はかなり恵まれていた。職場には「休憩室」という部屋が男女一つずつあり、そこには畳と布団が用意されていた。
昼休みになると社内から休憩室に集まってきた人たちは畳の上に布団を敷いて昼寝していた。つまりガチの昼寝である。僕はこのガチの昼寝に出来るだけ長い時間を割きたくて、可能な限り昼食を早く済ませ、休憩室に直行したものだ。
休憩室には毎日ほとんど決まった面々が顔を揃えていた。さしずめ昼寝族である。僕は心置きなく昼寝を出来る環境に感動し、すぐに昼寝族の仲間入りを果たした。
昼寝族の素晴らしいところは、昼休みは昼寝をするためのものであると考えているところだ。休憩室は本来は各々が好きなように休憩をする場所なので大きな声で雑談をする人などもいそうなものだが、僕の職場の休憩室は常に静まり返り、聞こえるものといえば昼寝族の寝息の音だけだった。
僕は、昼休みはゆっくり休むためのものだと信じている。だから昼食を取ったらとにかく休む。目を閉じて午前中の疲労から解放され、誰にも邪魔されずに束の間のまどろみを楽しむ。これが僕の至福の時間なのだ。昼寝によって疲れを解消するのはもちろんのこと、僕の仕事のモチベーションは昼寝によって保たれているといっても過言ではない。
休憩室では昼休みが終わる少し前、12時50分きっかりにアラームが鳴った。それは昼寝族の重鎮である、とある部署の課長の携帯電話から鳴らされていた。その課長が枕元に置いた二つ折りの携帯電話を開いてアラームを止めると、昼寝族たちはもぞもぞと身体を起こし、布団や座布団を片付けて仕事に戻るのだった。
まるで所属長の指示でみんなが一斉に動いているようで、僕たちは昼寝課長率いる昼寝課の職員なのかもしれないと思った。
しかし僕が入社して2年目のとき、社屋の建て替えによって古い社屋は取り壊され、大切な休憩室が無くなることになった。たしかに畳の上に布団を敷いて寝るような休憩室は、築40年を超えようとしている古い社屋の中で、昭和の匂いがそのまま残った遺物だと言わざるを得なかったのだろう。
僕は古い社屋で過ごす最終日まで休憩室で布団を敷いて昼寝した。最終日の昼休みも、存分に昼寝を楽しんだ昼寝族は、12時50分に昼寝課長のアラームで目を覚まし、各々の部署へ帰っていった。
いつもどおりの昼休みが、その日はいつもの何倍も愛しく感じた。
建て替え後の新社屋にも、一応休憩をするための場所は設けられた。それはフロアの一角に丸テーブルや椅子が並べられ、観葉植物がレイアウトされた小洒落た空間だった。古い社屋にはなかったドリップコーヒーの自動販売機まで設置されていた。
そんな新しい休憩スペース自体に悪い印象はなかったが、そこで昼寝をする人はほとんどいなかった。そのかわり新しい休憩スペースには談笑をする社員が集い、昼休みには誰かの高らかな笑い声が終始響き渡っていた。
古い社屋では決して休憩室を利用することがなかった人々が新しい休憩スペースを占有している。昼寝こそが休憩であると信じている僕の居場所はそこに無かった。
しかたなく自席の机に突っ伏して昼寝を試みた。しかし、残念ながら僕の部署にも昼休みに大きな声で談笑する人たちがいて、気が散って仕方なかった。
運悪く僕の部署では僕以外に昼寝をしようとする人がいないので、これでは「リア充の輪に入れないぼっち学生」のような有り様だ。悲しかった。昼休みに疲れを解消するどころか、より一層の疲労が蓄積されていく。こんな矛盾があってたまるかーー。
新社屋に移って1ヶ月ほどが過ぎた頃だ。昼休みに自席に座っていると、後ろから肩を叩かれた。
振り向くと、そこに立っていたのは昼寝課長だった。
仕事で関わることはほとんど無い人なので、声をかけてもらうのは珍しかった。
「この社屋になってから昼寝しづらくない?そこの部屋使ってみたら?」
そう言って昼寝課長が指差した先は、会議室だった。静かに会議室の扉を開けると、そこでは7,8人の社員が長机の上で突っ伏して昼寝をしていた。それは懐かしき昼寝族の面々に違いなかった。
驚く僕に、昼寝課長は声を殺して言った。
「俺もゆっくり休める場所が欲しかったからさ、この会議室は毎日昼休みに抑えてるから。」
「あ、ありがとうございます…!!」
感動のあまり声が少し大きくなってしまった。お昼寝中のところごめんなさい。
そんなわけで、頼れるリーダーの機転によって昼寝族は再び安住の地を取り戻した。さすがに布団を敷いて寝ることは出来ないが、貸し切られた会議室の中で雑談をする者は誰もいない。そこでは純然たる昼寝族が、純然たる昼寝をしているだけだ。ちなみに、昼寝課長の12時50分のアラームも健在だ。
僕は今日も労働をした。そして昼寝をした。だから明日も、労働をしようと思えるのだ。
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