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旅の原体験_私の場合

私は初めての旅を覚えていない。
色褪せた写真に写っている、母の腕の中にいる赤ちゃんの私は大きなフェリーに乗っていた。目的地は島根の祖父宅だ。

物心がついてからも、私の旅は両親の実家へ帰郷することだった。
いや、両親にとっては帰郷だが、私にとってはよく知らない場所への移動。
でも馴染みのある家と景色。当時から過疎化が進んでいた田舎町で、黄緑色の田んぼとカエルの鳴き声しか周囲にない場所だった。小さな町なので住民はみんな顔見知り、道やお店で会うと声をかけられた。方言なのでなんとなくしか理解できず、自分をよそ者のように感じていた。

時は流れ、その後、私はイタリアで働くことになった。この国には長期休暇の習慣があり、私にも2週間の夏休みが与えらる。
初めての夏休みにと、イタリア人の彼が提案したのはギリシャ・コルフ島でのキャンプ滞在だった。10日間ほどオリーブ畑にあるキャンプ場でテントを張って過ごす。フェリーに乗ってギリシャに向かった。

キャンプ場に到着したばかりの当初は何をしたらいいのかわからなかった。乾いた土の上に建てた小さなテント。太陽が昇ると近くの海へ行きビーチタオルを敷いて一日中そこで過ごす。

碧い海もキレイだけど、これからどうするの?
明日も同じように海を見て過ごすの?

しかし、時間と共に表情を変える海は、私の戸惑いも変えていった。

見渡すかぎり碧色だった海が夕焼け色に染まる様子を眺めながら夕ご飯を食べる。グリークサラダにオリーブオイルをいっぱい入れ、歯応えのある野菜を噛み締める。素朴な味がいい。

コルフ島の碧い海

そういえば、祖父宅でも庭に植えてあったトマトを食べていた。時間を持て余していた私に楽しみをくれたのは、赤く色づいたトマトだった。香りの強い実は異国のような知らない味だった。

そうだ、こういう過ごし方も悪くない。
居場所がないような、あるような、自然の中に身をゆだねる。青臭さの強い野菜を噛みながら、見慣れない景色をただ眺めて過ごす。そんな何もしない時間の味わい方は、祖父宅での思い出と重なる。

旅の原体験を思い出すことで、色褪せた記憶がカラフルに変貌した。

祖父の田んぼにて

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