衛星インターネットの最新動向 Part 2 (衛星メガコンステレーションについて)
これまでにも、数多くの企業が衛星メガコンステレーションに関する計画を発表し、挑戦してきましたが、初期投資に莫大な資金がかかることや技術的な困難性により、失敗、破綻した企業も沢山あります。
巨額の投資を回収するためには、世界中に相当な規模のユーザー数を確保する必要があり、マーケットが限られる中で多数の事業者が生き残ることは難しいため、今後、衛星メガコンステレーション事業者は、SpaceX、Amazon、OneWebなど資金力のある一部のプレイヤーに絞られていく可能性が高いと考えられます。
※衛星メガコンステレーション:高速で移動する多数の人工衛星を次々と切り替えることによって、高速通信サービスなどを実現する仕組み。
詳細は、「衛星インターネットの最新動向 Part 1」をご覧ください。
以下に、主要な衛星メガコンステレーション事業者の動向について解説します。
① SpaceX (Starlink計画)
衛星メガコンステレーションの計画が最も進んでいるのは、電気自動車メーカーのTeslaを創業したイーロン・マスク氏が率いるSpaceX(Space Exploration Technologies)です。
SpaceXは、火星移住計画の実現を目的として2002年にマスク氏が設立した民間ロケット開発会社で、NASAと契約して国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給を行っているほか、2020年5月には、同社のクルードラゴン宇宙船によって、民間企業として初めての有人宇宙飛行を成功させています。
また、2020年及び2021年にISSに滞在した日本人宇宙飛行士の野口聡一氏と星出彰彦氏も、地球とISSの往復にSpaceXのクルードラゴン宇宙船を利用しています。
このSpaceXが進めているのが、衛星メガコンステレーションを利用して、高速インターネットアクセスを提供するStarlink計画です。
Starlink計画では、2020年代の中頃までに、総数約1万2,000基の人工衛星を3種類の高度で展開する予定です。さらに追加で、3万基の人工衛星を打ち上げる計画を国際電気通信連合(ITU)に申請しています。
2021年12月時点での世界の人工衛星の総数が1万2,000基あまりなので、Starlink計画の途方もないスケールに驚かされます。
SpaceXは、2022年2月現在までに、自社開発のファルコン9ロケットで高度約550㎞の低軌道に2,091基の人工衛星を打ち上げ、1,852基が稼働中です。
SpaceXは、2020年8月に米国でインターネットアクセスのテストサービスを開始しました。現在は、25か国で公開ベータサービスを提供しており、ユーザー数は2021年8月時点で10万人を超えています。
ダウンロードの平均通信速度は約90Mbpsで、料金は標準コースで月額99ドル、接続機器の初期費用が499ドルとなっています。
2021年9月、KDDIは、Starlinkをauの基地局とバックボーン回線をつなぐ中継回線(バックホール回線)に利用する契約をSpaceXと締結したことを発表しました。
サービス提供が困難とされていた山間部や沖合の島などでauの高速通信を利用できるようにすることや、災害時にも通信がつながるようにすることを目的として、2022年をめどに、まず全国約1,200カ所に、Starlinkをバックホール回線とするau基地局を導入する計画です。
Starlink計画に対する主な批判は、スペースデブリ(宇宙ごみ)の問題と天文観測への影響の問題です。
Starlink計画では、多数の人工衛星を軌道上に打ち上げることから、人工衛星の故障や耐用年数の経過によって大量のスペースデブリが発生し、他の人工衛星と衝突する危険性が懸念されています。
SpaceXでは、故障や機能停止した人工衛星を大気圏に再突入させて燃え尽きさせるなどの方法でスペースデブリの発生を回避しようとしており、例えば、2022年2月には、予定高度まで上がらなかった約40基のStarlink衛星を大気圏に再突入させて廃棄しています。
また、光を反射しやすい人工衛星を多数打ち上げることから、天文観測を妨害するおそれが指摘されており、SpaceX側も、サンバイザーを装備して太陽光を反射しにくくした人工衛星「VisorSat」を開発するなど対策を検討しています。
SpaceXは、自社開発のファルコン9ロケットをフル活用し、他のライバル企業と比べて圧倒的な数の人工衛星を打ち上げています。
短期間でこれだけの成果を上げることができたのは、イーロン・マスク氏のリスクをいとわず大きな夢に挑戦するアグレッシブな姿勢によるところが大きいと考えられます。
自動運転技術を導入した電気自動車のTesla販売を実現し、大ブームを巻き起こしたときと同様です。
ライバル企業がこれだけの数の人工衛星を短期間に打ち上げることは容易ではなく、SpaceXの先行者利益は非常に大きいと考えられます。
このままSpaceXが逃げ切る形で、世界の衛星インターネットサービス市場を独占するのか、他のライバル企業が追い付いてくるのかが注目されています。
② Amazon (Kuiper計画)
Amazonも創業者のジェフ・ベゾス氏が先頭に立って宇宙開発事業を進めており、2000年にロケット開発等を行うBlue Originを設立しました。
Blue Originは、2021年7月にベゾス氏自ら同社が開発した再使用可能なロケット「ニューシェパード」に乗り込み、初の有人宇宙飛行を成功させました。
また、Amazonも、3種類の高度に3,236基の低軌道衛星を打ち上げて、全世界に衛星メガコンステレーションによる高速インターネットアクセスを提供するKuiper計画を進めており、2020年7月にAmazon子会社のKuiper Systemsが米国連邦通信委員会(FCC)から包括認可を取得しました。
さらに、2021年11月には、追加で4,538基の人工衛星を新たに打ち上げる計画をFCCに申請しています。
Amazonは、Kuiper計画に約100億ドルの投資を行う予定であり、最初の578基の人工衛星が打ち上げられた時点で、高速インターネットサービスの提供を開始する予定となっています。
また、2026年7月までに半数の人工衛星を打ち上げ、2029年7月までに第1段階3,236基の残りすべての人工衛星を打ち上げることをFCCから求められています。
Amazonは、米国スタートアップ企業のABLスペース・システムズが開発中の小型ロケット「RS1」により、2022年10~12月までに最初の2基の実験用人工衛星を打ち上げると発表しています。
また、複数のロケット打上げ事業者を利用して低軌道衛星を打ち上げることを表明しており、Atlas Vロケットで人工衛星を打ち上げるための契約をUnited Launch Alliance(ULA)との間で締結しています。
Amazonは、衛星メガコンステレーションによるインターネットサービスを、世界のクラウド市場の3割以上のシェアを持つAWS(Amazon Web Services)やAmazon本体のeコマース事業と連携させて、シナジー効果で大きなビジネスに育て上げようとしていると分析されています。
ただ、最初の試験衛星の打上げもまだ実現していないことから、SpaceXと比べてかなり遅れていることは否定できません。
AmazonはBlue Origin以外にも、複数のロケット打上げ事業者を利用することで、人工衛星の打上げペースを上げようとしていますが、果たしてSpaceXに追いつくことはできるのでしょうか。
③ OneWeb
OneWebは、「全世界の発展途上国に通信衛星経由でインターネットアクセスを提供してデジタルデバイドを解消する」という構想を持ったイギリス人のグレッグ・ワイラー氏によって設立された衛星通信会社で、現在は、ロンドンに本社を置いています。
同社は、高度1,200kmの648基の低軌道衛星によって構成される衛星メガコンステレーションを利用して、高速インターネットサービスを全世界に展開する計画を進めています。
ソフトバンクグループがOneWebに約19億ドルを出資し、筆頭株主として計画を進めていましたが、その後の資金調達の失敗などにより、2020年3月までに74基の人工衛星を打ち上げた後、会社更生手続きを申請しました。
その後、2020年7月にイギリス政府とインドのBharti Globalが主導するコンソーシアムによる買収が発表され、経営再建が行われました。
同年12月から衛星の打上げが再開し、2022年2月現在までに428基の人工衛星を打ち上げています。
イギリスがEUを離脱したことから、EUが運営する測位衛星システムを利用できなくなる可能性があるため、イギリス政府は、OneWebの衛星メガコンステレーションを通信サービスでの利用以外にも、独自の位置情報システム構築のために利用したいと考えているという話も聞きます。
なお、ソフトバンクグループも2021年1月に同社に再投資しています。
OneWebは、2021年中に北緯50度以上の地域でサービスを開始し、2022年中には648基の低軌道衛星による衛星メガコンステレーションを完成して、世界中で商用サービスを開始する予定でしたが、半導体不足などのためにサービスの開始が遅れています。
OneWebは、既に428基の人工衛星を打ち上げており、Starlinkよりは遅れているものの、それに次ぐスピードで衛星メガコンステレーションの構築を進めています。
同社は、高度1,200kmの軌道を選択しており、低軌道ではあるものの、StarlinkやKuiper計画よりは高い高度の人工衛星を利用しています。
通信の遅延時間(レイテンシー)は、高度が高いほど大きくなるため、その点では不利ですが、低い高度よりも少ない数の人工衛星で地球全体をカバーすることができ、コストが下がるというメリットがあります。
最近、OneWebは、競合するStarlinkなどが主にターゲットとする個人ユーザーではなく、政府機関、公共団体、防衛関係、地域の通信事業者などに対して衛星インターネットサービスを提供するという考えを明らかにしており、当初のデジタルデバイドの解消を目的とした方針から少しビジネス寄りに変わってきているようです。
OneWebは、一度経営破綻しかけた過去がありますが、イギリス政府や複数の企業グループの支援などにより人工衛星の打上げは順調に進んでおり、今後、SpaceXやAmazonを脅かす存在に成長していくのか、人工衛星の高度の違いによる住み分けが可能なのかが注目されています。
④ SES(O3b計画)
SESは、1985年にルクセンブルク政府の主導で設立された世界第2位の衛星通信会社です。
同社は、グレッグ・ワイラー氏(現在はOneWebに移籍。)が設立した衛星コンステレーション事業者のO3b Networksを2016年に買収しました。
O3bとは、「Other 3 billion」の略であり、「世界中にいるインターネットに繋がっていない30億人の人をインターネットに繋げよう」という言葉に由来しています。
O3b計画は、赤道上の高度8,063kmの中軌道衛星で構成された衛星コンステレーションを利用した衛星通信サービスで、2014年からサービスの提供が行われ、2019年までに20基の衛星が打ち上げられています。
O3b衛星は、赤道上の中軌道にあるため、高緯度地域にはサービスを提供できないという課題があります。
また、2022年以降、ブロードバンドインターネットサービス用のO3b mPOWER衛星を打ち上げることも予定されています。
O3b計画は、中軌道衛星を利用した衛星コンステレーション事業であり、低軌道衛星のような低遅延の通信サービスはできませんが、低軌道衛星と比較して少ない数の人工衛星で地球の大部分をカバーすることができ、既に実用的なサービスが行われているという強みがあります。
⑤ その他の事業者の動向
GAFAの一角であるFacebookの子会社は、2018年に小型衛星Athenaを活用した衛星メガコンステレーション計画の申請をFCCに行ないましたが実現せず、2021年7月には、Facebookの衛星インターネット専門家チームをアマゾンに移籍することを発表しています。
カナダの衛星通信会社のTelesatは、298基の低軌道衛星「Lightspeed」で構成される衛星メガコンステレーションによる衛星通信サービスを計画しており、2023年に最初の低軌道衛星を打上げ、2024年に世界全体でサービスを提供することを予定しています。
また、Googleも、衛星コンステレーションではありませんが、兄弟会社のLoon社が成層圏を浮遊する巨大な気球に搭載された中継装置を介して、途上国や僻地に高速なインターネットアクセスを提供するという計画を推進し、2020年には、ケニアで商用サービスを提供する計画の承認を得ていましたが、2021年1月に事業継続を断念すると発表しました。
【今後の動向】
衛星メガコンステレーション事業には莫大な投資やランニングコストが必要となるため、多数の事業者が共存することは難しく、主要なプレイヤーがSpace X、Amazon、OneWebの3社などに集約されてきています。
中でも、既にベータサービスを開始したSpace Xが先行しており、同社が先行利益で市場を独占するような形になっていくのか、他の事業者が追い付いてくるのかが注目です。
Space Xは、衛星メガコンステレーションを個人ユーザー向けの高速インターネットアクセスサービスの提供に用いるとともに、既存の通信事業者と提携して基地局のバックホール回線として提供する計画を進めています。
こうした試みにより、巨大な投資やランニングコストを賄える体制を整備できるかが重要です。
OneWebが地上から1,200kmの高度に人工衛星を打ち上げているのに対し、Starlinkの場合は、550kmという更に低い高度が主流です。また、Amazonも高度約600kmへの打上げを予定しています。
人工衛星の高度が低いほど、低遅延の通信が可能となりますが、より多くの人工衛星を打ち上げる必要があり、コストがかかります。
このような人工衛星の高度選択に関する戦略が事業にどのように影響するのかも注目です。
【参考書籍】
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