本日のレトリック3 -三島由紀夫
これは不定期に小説やエッセイなどから目に留まった文章を紹介していく記事です。
レトリックといえばあの人じゃないの!?って思っていた方々、お待たせいたしました。
前回の記事はこちら
そう、レトリックといえばこの人、三島由紀夫。その華麗なレトリックは数多くの人を魅了し、もちろん僕もそのうちの1人となりました。
三島由紀夫のレトリックは文脈と絡み合っていて文章の一部となっていることが多いので、この記事で紹介するにはどうも取り出しにくい場合が多いのです。ちなみにこのシリーズでは文脈との結びつきが強く、容易に取り出せないものは文脈の説明で手一杯になってしまうため紹介していません。そういうものも素晴らしいものが多いので、是非堪能してみてください。
今回は三島由紀夫のなかでもさらっとしたレトリックのご紹介。
主人公の男性がヒロインの女性を初めて浜辺で見かけたときの描写です。
「目もとは涼しく、眉は静かである」
視覚から得た情報による描写ですが、目の描写は触覚的、眉の描写は聴覚的です。
涼しいは英語でcoolです。coolといえばかっこいいという意味もありますが、「涼しい」にはそういった意味はない。この描写から得られる印象としては、個人的には切長でシャープな目もとと言ったイメージですが、sharpと表現してもこの描写の色気は出ません。つまり英語に訳してしまうとレトリックが潰れてしまう文章です。
目もとの印象を温度で表しています。「涼しい」という言葉は特に気温に対して使いますよね。触ったものなどに対しては「冷たい」という言葉を使うと思います。「涼しい」は「寒い」に比べれば気温が高く、丁度いいくらいの気温から少し肌寒いくらいの気温の印象です。「冷たい」「寒い」ほど突き放した感じがなく、程よい温度でエアリーな雰囲気を持った言葉です。この空気感を持った言葉を使うことで絶妙な色気が表現されています。
次に眉ですが、静かだそうです。ここで私が思い浮かべるのは以前ご紹介したバシュラールの文章です。彼は水の水平状態を死になぞらえた。死の静的な性質については以前語ったので多くは語りませんが、静かという描写はそういったものを彷彿とさせます。何も彼女の眉は死んでいると言いたいわけではありません。きっと彼女は平行眉だったのです!(断言)眉毛の角度、毛の質感、色味、量や形、長さなど色々要素はあると思いますが、それらすべてを「静か」という、視覚に使うものではない言葉でまとめ上げています。
彼女の描写はヒロインの登場シーンの割には多くありません。三島は少ない描写だけで的確に、外見だけでなくその雰囲気までも描写して見せたのです。まさに圧巻…。
ちなみに私はたぶん一番好きな小説はと聞かれたら三島由紀夫の「金閣寺」を挙げます。これは慣れていない人からするとレトリック酔いする人が出てくるかもしれません。私は大好物だったのでゆっくり味わいながら1ヶ月以上かけて読みました。簡単にオススメできる作品とは言い難いですが、読んだ暁にはパラダイムシフトが起きるかもしれませんね…。
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