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音になりたい

ある夜のことです。 床に就く前にふと思い立ってイヤホンをしてある音楽を目を閉じて聴きました。 ある旋律が感覚を揺らして、ある思いが芽生えました。 音になりたい。 彼らの鳴らす音になって宙を漂い、やがて減衰してなくなる。それはなんて素敵なことなんだろう、と。 音とは空気の振動です。声帯や弦、その他のものが振動し、それが空気に伝わったものです。人やものの手を離れたただの動作の痕跡のようなものが音という概念として認識される。この地球を覆う、連続する大気のほんの1点が揺れ、収まる

    • あにはからんや

       先日、素敵な文章を書く方と友人になった。その方と初めて会ったとき文章の話で盛り上がり、そこから色んな価値観を含めてお話をした。  その方(以降Nさんとする)の文章を読んで思ったのは、すごく綺麗な文章だということだった。だけど、綺麗な文章ってなんだろう。世に出ている小説やエッセイや記事や展評のようなものだろうか。確かにそのような整い方をしているようにも思えるが、面白いと思ったのはそれが意図して整えられているのかがわからなかったところだ。文章を書く基礎がしっかりしているのか、ま

      • 点滅

         揺れる電車で、頭がぼんやりと重かった。寝不足のせいだろう。目の下の皮膚が強張っている。視線の先は像を結ばず、ただ中空を彷徨っていた。右手に置かれた小説も十数分同じページから進んでいない。一昨日出先で帯に惹かれて買った小説は、ただ右手にのしかかる紙の束と化していた。右手に感覚はあるものの、およそ自分の身体の一部とは感じられなかった。頭から首、右肩を通って右腕、その先に右手がついており、そこに小説一冊分の荷重が加わっている。本が閉じないように僅かに指先に力を加えており、小説は半

        • 始点

           日が昇って間もない時間、私はあるカフェにいた。朝のクリアな頭を活字で埋め尽くすべく、3冊の本を小さな鞄に詰め込み、日の差す窓際の席に座っていた。  既に佳境に入っていた小説を読み終え、冷めたコーヒーを飲み干し、息をつく。窓から差し込む日がテーブルを対角に切っていた。  次の本を手に取り目次を眺める。気になる項の頁を開き、ざっと内容を把握する。細かく読むべくその項の初めの頁に戻り、じっくりと読んでいく。紙の小口を親指で撫でる。右手の人差し指と中指で挟んでいた栞を薬指と小指で挟

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          黒くて眩しい

           ある日、帰り道を歩いていると、建物の角から光が覗いた。黒い空を背景にした光は火星か木星かと思ったが、それはもっと明るく、大きかった。スカイツリーの頂を飾る光だった。東京の象徴を担う塔の骨格は紫色にライトアップされており、その上に軽率に光は載せられていた。今までも幾度となく視界に入っていたはずの光。それに意識下で触れたその日、自分は東京にいるのだと思った。  と同時に、自分は今まで東京にいなかったのかという疑問が湧き起こり、ジェットコースターの急下降のときのような、腰がふわっ

          黒くて眩しい

          雪予報

          「今日雪降るんだって」  朝起きると友人からLINEが来ていた。久しく会っていなかった友人だった。雪の予報の文の前に、東京に来ているが、今日会えないかという内容のメッセージが入っていた。  天気予報のアプリを開き、今日の気温を確認する。最高気温7℃、最低気温1℃。ここ最近で一番寒い。2月に入り、最近は気温が安定していた。すっかり冬にも慣れ、常に肌寒いが背中を丸めるほどではない。寝巻を脱ぎ捨て、何を着ようか考える。最近は組み合わせを考えるのにも飽き、2、3パターンのコーディネー

          十一月、靡く夜燈

           鼻の頭のにきび跡を擦っていると、Eが僕を見た。仄暗い居酒屋のテーブルの隣で、彼女は僕の方を向いて笑っていた。  なんとなく目を逸らして、空になったジョッキを口に当て、そこで初めて中身がないことに気がついたようにテーブルに置く。少し経ってからまた彼女を見る。彼女はもう僕を見ていなかった。  煙草で煙たくなった個室で、六人のうち三人は既にうつらうつらしていた。向かいの席のTのライン通知が鳴り、液晶には2:17と表示されていた。始発まで帰れそうもないなと思い、だらだらとしている仕

          十一月、靡く夜燈

          くゆらば

          紫煙が立っていた。これはいつの記憶だろう。 居酒屋にいた。私がいたのかどうかはわからない。少なくとも自分の身体はそこには感じない。兎にも角にもその眼は居酒屋にあった。 遠くで店員の声が鳴っている。内容は聞き取れず、音はべっとりとした空気に溶けていく。 酔っているのだろうか。焦点が合わない。斜め上の視線の先にある垂木がぼやけた視界のなかに揺れていた。白けた垂木を伝い天井を見上げると電球の光で真っ白になった。目を閉じると視界がマゼンダに染まる。 油の匂いが充満している。酒のせ

          くゆらば

          表現におけるwhatとhow

          たまには自分語りでもしてみようかと思います。 僕はずっと建築を考えるうえで、whatばかり考えていたように思います。建築を設計するにあたってどのようなものをつくりたいか、どのようなものがつくれるのか、何が新しく、他と差をつけることができるのか、なぜこれを建築で表現する必要があるのか。 そんなことばかり考え、コンセプトを練るのに時間を割き、それをカタチに落とし込む時間を多く取れず、結果大したことのないものが出来上がります。 実際、建築学生(その他の分野でもそうだと思いますが

          表現におけるwhatとhow

          本を読むということ

          私は本を多くは読みません。 いえ、こう言うと語弊があります。本には度々触れはします。 でも一冊まるまる読み切ることは多くありません。小説くらいかもしれない。専門書を読み切ることは稀です。 まず最初から読み始めるということ自体あまりありません。まず目次を開き(あるいは序文、あとがきを読んで)、気になる章の気になる箇所をあたります。それが当たりであればそのまま読み、はずれであれば別の章に飛ぶかその本を閉じます。 ある本にある目的を持って臨み、それが達成されたのであれば途中であろう

          本を読むということ

          篠原一男の海外受容について

           海外における篠原の受容を調べてみたいと思っている。  スイスを中心にヴァレリオ・オルジアティやクリスチャン・ケレツといった大物に影響与えてるし、新進気鋭のfalaまでも明らかに影響受けてるという、海外に対する幅広い世代への影響力を誇っている。世界的に流行っているようにも感じるが、スイスが特にはしゃいでいるように見える。  日本では篠原一男あたりまでの閉じた建築から伊東豊雄あたりを起点として開いた、軽い建築が特徴的に展開されている。現在までそれが続いていると考えると、篠原は

          篠原一男の海外受容について

          本日のレトリック3 -三島由紀夫

           これは不定期に小説やエッセイなどから目に留まった文章を紹介していく記事です。  レトリックといえばあの人じゃないの!?って思っていた方々、お待たせいたしました。  前回の記事はこちら  そう、レトリックといえばこの人、三島由紀夫。その華麗なレトリックは数多くの人を魅了し、もちろん僕もそのうちの1人となりました。  三島由紀夫のレトリックは文脈と絡み合っていて文章の一部となっていることが多いので、この記事で紹介するにはどうも取り出しにくい場合が多いのです。ちなみにこのシ

          本日のレトリック3 -三島由紀夫

          本日のレトリック2 -慣用句編-

           これは不定期に小説やエッセイなどから目に留まった文章を紹介していく記事です。  なんて言いながら2回目にしてただの慣用句。決してネタ切れってわけではないのです…  専門家ではないので説明に誤りがあるかもしれませんがご容赦ください。 前回の記事はこちら  今回は簡単な言葉ですが、よく考えると秀逸な文句です。 「息を呑む」  緊張している場面や予想の立たない事象、予想外の出来事に対してよく使われる慣用句。 「息を呑むほど美しい」 「場の緊張感に息を呑む」 「その言葉に思わ

          本日のレトリック2 -慣用句編-

          本日のレトリック1 -平野啓一郎-

           これは不定期に小説やエッセイなどから目に留まった文章を紹介していく記事です。  今回は平野啓一郎の「本心」から抜粋します。この文はレトリックについて他人に語りたいときにしばしば引用する、私にとってのとっておきの文です。  この文章は主人公の過去、小学生の時代に女の子を助けた後の文章です。  まず「全身を火傷したような沈黙」ということですが、まず「火傷したような」と直喩が入っていますが、その直喩がかかっている名詞が「沈黙」。つまり擬人法が使われています。沈黙という状況、ある

          本日のレトリック1 -平野啓一郎-

          Merzbow

          京都国際舞台芸術祭。 最近ダンスの良さにようやく気が付き始めたので、それに伴い舞台も観てみたいと思ったのが今回京都へ行った理由だ。 しかし、のろのろとチケットを取らずにいたら行こうと思っていた舞台の前売りチケットが売り切れてしまったので、京都へ行く理由を強めるため、そのあとのビジュアルコンサートなるもののチケットを取った。とはいえ、写真家と音楽家数名によるパフォーマンスということだったので、写真の好きな僕としては気になっていた。 さて、会場に着いてみると左からDJ、ドラム

          塔を撮らなくなった

           最近塔を撮らなくなった。空を撮らなくなった。  撮っていることを意識し始めてから約2年間撮り続けた。  家や公園から見える電波塔を撮り、出先で見つけた送電塔を撮った。  ずっと捉われていたモチーフがいつの間にか手からこぼれ落ちていた。  そもそも1つのモチーフを何度も何度も撮り続けたのは、昔大学にいらっしゃったある写真家の一言がきっかけだった。  当時私は今ほど熱心に写真を撮っていたわけではなかったが、撮っているものや構図、光の入り方など、つまり写真全体が昨年から成長して

          塔を撮らなくなった