光る

露天風呂のドアを開けると、思わず身震いをした。ひゅうと風が室内に入り込んできて、体に付いた水滴が冷めるのがわかった。外には砂利と植物の庭園があって、その隣の階段を登った先に露天の温泉がある。黒い岩が敷き詰められて、暖色のライトで照らされていた。秋の夜の陰翳の中に、水面がより黒々と宵闇を孕んで、かつあたたかく光っていて、おもわず息をのんだ。ゆっくりと湯に足を入れて、とぽん、と小さく音を鳴らす。少し足を進めながら、肩まで浸かっていった。最近、家ではシャワーで済ませるものだから、ひどく体に沁み入った。急いで寝て、起きてをする普段の日常の忙しなさを改めて気付かされたのだった。そうしてゆったりしていると、やけに耳に響く音があるのがわかった。「どん」と「ぱん」のどちらともいえない、鼓を打つような、そんな音だ。私は立ち上がって、辺りを見渡した。その鼓の正体はすぐに分かった。花火だった。そんな予告もチラシも目に入らなかったが。別の旅館が打ち上げているのだろうか。棚からぼたもちみたいな気持ちだ。ゆっくり、ひとつずつ、軽やかに、ずっしりと。ひゅうう、と鳴って流星が長く伸びるように高く打ち上がり、その蕾を咲かせた。少し遅れて、鈍い音が耳を揺らす。眼鏡についたしずくで光が屈折して、ぐにゃりと不揃いに輝いた。木々の隙間を照らすそれは、まさに花が燃ゆるように咲いているのだった。30分ほどだろうか、突っ立って眺めていた。もう一度、浸かりなおそう。夜はまだまだ長い。オレンジがかった光をうけた湯気が、ゆらゆらと巻き上がっていく様を、のぼせるまで味わっていたのだった。

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