宝物を失くしてしまった
クリスマスの時期になると、ポケモンやら戦隊やらの、いわゆるキャラクターもののカンカンがスーパーにずらりと並べられる。中にはお菓子がたくさん入っているのだが、幼い日の私には中身ではなくその外面が特に輝いて見えた。大好きなキャラクターのイラストに、赤と緑のクリスマスカラーが美しいハレーションを起こし、カンカン特有の金属光沢が蛍光灯を反射する。私の中で、何百万円と値がつく宝石にも匹敵する憧れがあった。そんな私は、親に駄々をこねながら、仮面ライダーが描いてある中くらいの缶缶を買ってもらって、中身を食べたその後も大切に保管していた。
ある日の小学校の帰り道。暖かな春の日に、太陽の光のようにぽかぽかと、たんぽぽが咲いていた。放射状に広がる細くやわらかな花びらが、見事なレモンイエローに色づいていた。美しかった。これをずうっと自分のものにしたいと思って、私は茎の根本をちぎり、1、2枚の葉っぱをプチプチ取って持ち帰った。わたしだけの、特別な宝物をもちかえるその道のりは、ひどくわくわくしていて、常によろこびの琴線がぴんと緊張し続けているようだった。
そうして足を弾ませていれば、もう家に着いていた。ドアをあけて、靴をぬいで家にあがる。私ははっとした。この宝をかくす場所を考えていなかったのだ。母に見つかったらどうしよう。私だけの宝物を保管するたからばこを、探さなければならない。辺りを見渡して、私は最適なものをみつけた。そう、この前買ってもらったカンカンだ。私しかこれは使っていないし、これなら母も気づかないだろうと、フタを開けて、持ち帰ったたんぽぽをしまったのだった。宝で満たされたそれは、正真正銘の宝箱だった。
子供の心は秋の空のようで、たんぽぽのことなどすっかり忘れてしまい、三、四ヶ月ほど放置していた。ふと、あれが今どうなっているのか気になり、カンカンを開けてみることにした。
フタを開けると、激しい悪臭が私の鼻を貫いた。四ヶ月で、季節は次第に夏の熱を帯びてきて、いきものを腐らせるのには最適になっていた。色鮮やかに咲いていた花びらは、汚い生ゴミみたいで、芯の通っていた丈夫な茎は利き手でない方で描いた絵のようによれよれになり、葉は久しぶりに見た祖母の手のように萎れていたのだった。取り返しのつかない罪を犯してしまった。私はすぐに蓋を閉めた。忘れることにした。業から目を背けて、逃げることを選んだのだった。
そんなことをたまたま急に思い出して、
筆を執り始めた。
今、あの箱はどこに行ったのだろう。引っ越したときに母が勝手に捨てたのだろうか。どこにも見当たらない。私は失くしてしまった。失くしてしまったのだ。たんぽぽが枯れることや、カンカンが手元にないこと自体は、今の私にはさほど関係がない。だが、あの日の軽率さを、無責任さを、救ってやることすら出来ずに、私は生きていくのである。ああ、失くしてしまった。
私は、失くしてしまったのだ。
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