品川 力 氏宛書簡 その二十六
沈黙の感謝と沈黙の詫びごとで、はちきれさうな心をお察しください。
私は自分の心をどう表現していゝか知りません。泪ですね。泪ですね。それだけ――
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「レノア」また私を泣かしますね。賛美の言葉もありません。泣くだけ。
㐧一、㐧二、とてもいゝ。銀座の街を高らかに誦してお歩るきなさい。
あなたは、僕のかくものなど大嫌ひでせうが、私はあなたのものはみな好きで耐りません。「君はバカだ」といはれても私は橋本君を愛好してゐるたやうに。どんなに冷たい仕打や、つれない言葉をあびせられやうとも、私は好きなひとをかぎりなく愛します。「レノア」「レノア」今夜は眠れない。ぼくなどは、バカです。バカと思ったら腹は立たないでせう。
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七月十一日夜八時三十分急行でゆきます。ぶじでかへってくればまたお逢ひできませう。破れ破れし白がねの胸いだき、われはゆく旅びと―或るひとの詩とそっくりな僕ですから、海をみると、空をみると―どうなるか分りません。どうなったっていゝとおっしゃい。
僕の立つまでに詩縞一篇おかきあげください。うれしく旅だちます。お会ひできないかも知れません。どこかでくだらない手紙を差上げるかも知れませんが、そんなものは破ってください。
あまい海風をこめて手紙でもあげてゐれば、それで十分です。僕などは。
[消印]14.7.6 (大正14年)
[宛先]芝区 神谷町 九 光明寺 境内
品川 力 様
[差出人欄]
「どうなったっていゝ人間」
(日本近代文学館 蔵)
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