Photo by katoheriko 古 い 退 屈 な 文 章 一 篇 / 野 瀨 市 郎 19 一錢亭文庫 / 菊池 與志夫 2023年8月3日 13:49 菊池が目白を飼つたといふ。―さては、てつきり、佐藤春夫先生にかぶれたな、と思つた。 先生のところには、目白、頰白、瑠璃鳥などゝ、さま/″\な愛らしい小鳥が五羽ほどもゐて、二階と階下したとでそれ/″\の聲で啼き交すのである。 そのうちでも、チンチロリンと啼くといふあの頰白はまつたく素晴しいものだ。 何しろ十年あまりも住んでゐるので、籠のなかからどうかして追ひ出さうと試みても、棒きれを突込んでみたりして、それでも五分か十分かの後に、やうやく目的を果すことが出來ても、すぐにまた籠へ戻つてしまふのださうである――現に、先生の指さきに戯れてゐるところを、私は拝借のアトムカメラでパチリと撮影した。勿論その寫眞はあんまり芳ばしくない氣もちに近いものが出來た。 ――が、彼菊池はまだそんなところは見ない筈だ。それだのに、目白を一羽買つたんだといふ。「一たい幾らで買つたんだ。」 と、恐る/\聞いてみると、彼は悠然とバツトの煙をくゆらせながら、「――籠ぐるみで五圓ばかしだつたよ。」と、極めて昂然たるものがあつた だが、お蔭で自分は折からの凍てついてゐる滿月の如く、皎然たる氣もちになつた。「安いな、――籠ぐるみ五圓ぢや安い。」「うん、安いな――。」 さうして、またバツトの煙を遠慮なくもやもやと吹きかける。そのとき今夜は、彼の莨たばこの煙が、へんにおれの頬へ纏まつはりつく晩だな、と氣がついた。 ――五圓の目白ならおれにも意思さへあれや買へやうだな・・・、と思ひながら、ぶらぶらの宵の神樂坂を歩いた。 もう歳晩である。 だから、人通りが多くて町がぎら/\と白つぽく明るくて、時々美人が歩く――。電燈がへんに眩ゆい。よく、夜店では鶏の雛なんか賣つてゐたものだつたが・・・。 しかし、自分はさのみ目白が欲しいとはまだ感じなかつた。――何しろ、十年ばかりも以前に、大事なカナリヤを蛇に呑まれてから以來、ずつと小鳥を飼はずにゐたのだから。 ――――――――― ――と、實はこんな書き出しで『目白と文鳥』といふ一篇の小品をまとめてみるつもりだつだ。ところが、私は駄目なのだ。云ふさへも氣恥かしい事情のために、(それは惡夢の如く私につき纏ふ)文章をものする事はもとより、日常生活さへも出鱈目にさせられてゐる ――――――――― 私は文鳥を飼つた。 さうして五十日ほど過ぎた昨日籠を綺麗にしてやる時、雄の文鳥を逃がしていまつた。それも逃げるつもりでもなかつたのであらうがもがいた拍子に出てしまつたのであつたらう。私は呆然自失した ――が、凡そ二時間あまりの後に、再びその文鳥はもとの棲家へ舞ひ戾つて來たのである。その庭を飛び廻つてゐる折の文鳥の美しかつたこと。これでは雀どもにイヂメられるのも無理はないと考へた。さうして、前日の如く籠の鳥となつた文鳥はいま、愉快さうに囀つてゐる。 ――――――――― 戾つて來てくれた文鳥の心もちが有りがたかつた。あの一羽になつた雌の鳴き聲のあはれさが胸に泌みてゐたから。――私は單にそれが餌のためのみだとは思はない 籠の鳥といふと、あはれの代名詞ぐらゐに心得てゐる人が多い。が、實際の籠の鳥はそんなもんぢやないんだとしみ/″\思ふ。 ――菊池は十圓ばかり出して、カナリヤを飼つた。自分は文鳥だけで滿足らしい。 先達て堀口大學氏の買つたカナリヤはとても素晴しいものだつたそれは佐藤春夫先生のところで見たのだが。私はその夜先生へハガキを書いた。 ――あんないゝカナリヤを見ると、私も欲しい氣もちがします。―― (十四年十二月)越後タイムス 大正十五年六月十三日 第七百五十七號 四面より #野瀬市郎 #目白 #メジロ #アトムカメラ #ゴールデンバット #文鳥 #カナリヤ #佐藤春夫 #堀口大学 野瀬 市郎 - Webcat Plus Webcat Plus: 野瀬 市郎 webcatplus.nii.ac.jp ソフィアセンター 柏崎市立図書館 所蔵 佐藤春夫さん宅の小鳥たち ダウンロード copy #文鳥 #メジロ #目白 #佐藤春夫 #カナリヤ #野瀬市郎 #堀口大学 #ゴールデンバット #アトムカメラ 19 この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか? サポート