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everydaytrip46
僕の戀愛觀
◇雨上りの夏の夕暮、僕は毎日通
る佐内坂を上り切つて、墓地の側
迄來た。人は滅多に通らない。
◇ふと見ると、僕の三四尺先の道
路を、いたちが素敏く横切つた。
墓場に圜らされた黒い板塀の下か
ら飛び出したのである。彼は、向
側の人家の橡の下で、くるりと元
來た方を振返つた。眼が凄く光つ
た。僕は彼が何をするか観やうと
考へ、物陰で息を殺して、その方
を凝視てゐた。すると、彼は、四
邊へ氣を配り、害物のゐないのを
見届けるや否や、サラ〳〵と音立
て乍ら、元の黒塀へ走り戻つた。
◇其處には、彼の妻か又は戀人で
あらう、女いたちが、ぢつと待つ
てゐた。男いたちが、彼女の傍へ
歸つて來ると、幸福で堪らぬとい
ふ風に、首の邊を磨りつけ合ひ、
と同時に、二匹頭を揃へて、必死
の勢で再び道路を横切り、人家の
橡の下の穴深く潜つていつた。
◇戀愛の、善、美、信の究極は
實にこれだと僕は思つた。單純だ
と人間に思惟されてる彼等動物
の生活に於ての、この素敵な、戀
愛信念のクライマツクスを、直ち
に外面的にも内部的にも、複雑極
まる人間の世界へ、あてはめても
決して矛盾は無いのである。僕の
憧れる戀愛の眞理は實に之である
✕
◇戀愛は、あらゆる第三者を欺瞞
し盡さんとする、繊細なる感情運
動である。
(越後タイムス 大正十一年十月十五日 六面 第五百六十七號より)
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