菊池與志夫氏より(私信)(消息三)
◎ごぶさたしてゐます。御健在で何
よりと思ひます。去年八月頃御誌上
に連載して頂きました「湖畔の天幕
生活」を、一年考へて出來得るかぎ
り短縮改作しまして「週刊朝日」へ出
すことにしました。全然感じの違つ
たものとはなりましたが、一度御誌
に出たものですから、前以て御許し
を願ふつもりでしたが、送つた上で
なければ採否が決らないので控へて
ゐたわけです。本日、七八月頃の分
へ出すといふ確答を得ましたので、
とりあへずちょつとお斷りして、お
ゆるし願ふ次第です。
◎小生の作品としては、かなり自信
もありますし、友人の長井常蔵君が
大へん賞めてくれたので、自惚れ强
い私は改作する氣になつたのです。
小生の書いたものが週刊朝日に出る
ことは、小生の身に餘るよろこびで
す。足掛三年タイムスへこつこつと
書かせて頂いた効があつたと思ひ、
拙文を好意を以て通して下さつたあ
なたの御心を嬉しく思ひます。お禮
申上げます。こんどでるものには「
野宿風景」といふ題をつける筈です
◎僕もタイムスでは、いろいろと惡
口を云はれたり、ひやかされたりし
ましたが、それらは、みな僕の生長
慾をたかぶらせ、僕にとつてはあり
がたいものでした。樋渡尚理氏も草
笛氏や野瀬市郎氏と共に僕の名を擧
げて、なつかしく思ふといふことを
書いてくれ、それを讀んだときも大
へん力づけられたのを覺江てゐます
近くに住んで、絕江ず行き來してゐ
る野瀬市郎君や、遠くにゐる、僕の
書くもののよき批評家である、長井
常蔵君、山本秀一郎君は、僕にとつ
てありがたい友達です。僕はこうい
ふ人達に心から御禮を申上げたいと
思ひます。
◎「卓燈夜話」の續稿を書きたいので
すが、何分今、勤め先の用事に忙殺
され夜も日曜も休むひまもない位で
すから、今月末から、書かせて頂き
ます。今晩歸途、螢を買つて椽端へ
吊るしました。それをみてゐると、
どうも僕は、田舎にゐる女が戀しく
て、たまらなくなりますよ。では失
禮します。(六月八日夜)
(越後タイムス 大正十三年六月十五日
第六百五十五號 八面より)
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※中村葉月
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