越後の民謡
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⦿葉月様。このあひだのタイムスを
讀むと、四月日本靑年館で開催され
る郷土舞踊と民謡大會に、柏崎から
「おけさ」を推薦したといふことを
あなたが書いて居られますが。大へ
んいいことだと思ひます。昨秋、私
は第一回のときも行つてみましたが
越後追分には失望した一人です。
⦿あなたの仰有るとほり越中の「麥
埼玉の「面浮立」とお書きのやうでし
たが、埼玉ではありません。九州の
佐賀のものです。こういふ思ひちが
ひはよくあることで、私も舊臘「續
歳晩私記」のなかで、堆朱を朱木と書
いたやうに覺江て居ます)とは比べ
ものになりません。やや卑俗なとこ
ろのある「江州音頭」にさへ劣つて居
ました。
⦿私だけの考へでは、郷土舞踊や民
謡を近代的洋風建築の小さな舞臺で
やるのは無理ではないかと思ふので
す。日本靑年館の舞臺や觀席は帝國
劇塲などと同じく西洋の様式でつく
られたものです。さういふところで、
たとへば柏崎の海邊でやる三階節踊
のやうな郷土藝術を演じるのですか
ら、見るひとも、見せるひとも、ど
うも感じがうまくゆかないのは當然
です。
⦿そこで私は考へるのです。それは。
まづ出來得るだけ工風をこらして、
舞臺にその地方の氣分を漂はせたら
どうかと思ふのです。すこし金がか
かることでせうが、その郷土特有の
情緒とか氣分とか風物とかを感じさ
せるやうに、舞臺裝置をしたらどう
かと思ふのです。舞臺照明の設備も
あることと思ひますから、すこし才
能のあるひとがやれば、さう六づか
しいことではないと思ふのです。た
だ、これは營利的ではないし、短時日
のものですから、費用の點でどうか
しらとも思ひますが、その地方の金
持諸君にたのめばまさか嫌だとも言
ふひとはないでせう。自分の郷土を
愛するひとなら――
⦿話は別ですが、去年私がみに行つ
たとき、番外として尺八本曲「虚空
鈴慕」をききましたが、大へんいい
と思ひました。
⦿とに角、日本靑年館ができて、い
ろいろな地方の郷土藝術が、まじめ
に素朴に、われわれ都會生活者に紹
介されることはありがたく思ひます
この四月には是非「柏崎おけさ」が採
用になることを私は祈つて居ます。
甚だ稚拙なことを書いたやつですが
私は田舎者で、郷土的なものを愛す
るものですから、思ひついただけを
書いてみたのです。
⦿なんとなく春の氣分です。野瀬の
住んでゐるへんは、もう路傍に草花
が咲いてゐるさうです。
(二月十四日。菊池與志夫)
(越後タイムス 大正十五年二月廿一日
第七百四十一號 五面より)
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