消 息 (消息一)
◎大分ごぶさたしました。お變り厶い
ませんか?あなたの御健康なことはタ
イムスが立派に出來てゐることでよく
解ります。東京はたつた一度か雪が降
つただけです。北海道の雪の中に七年
も生活した經驗のある私にとつて、こ
の大都會の變態的な冬は物足りなさを
感じます。
◎信越國境のひどい吹雪を眼の前に浮
べてゐます。それは美しいものに思へ
たり、もの凄いものに考へられたりし
ます。僕は雪に對しては、そんな變な
感覺を持つてゐる男です。
◎僕の書いた「樹間をさまよふ憂欝」は
どうもうまく書けませんから、全部取
消します。(中畧)そのうちに短い氣の
きいたものを書きたいと思ひます。「飢
江」を小村君やその他の友人が、すこ
しほめてゐます。あんなのをかけと云
つてくれますが今の僕はちょつとあん
な風なのを二度とかけない氣がします
◎何しろ今は、讀書三昧にひたつて居
ますので思ふやうに時間がありません
高田君の組織立つたアナキズムやソシ
アリズムの研究の前には、僕の感情一
點ばりの論文もメチヤです。はづかし
い氣がします。もつと本をよみ、實行
的な感情を養つてから、堂々と書きま
せう。書いたりよんだりしてゐなけれ
ば淋しくて堪りません(一月廿一日夜)
(越後タイムス 大正十二年一月廿八日
第五百八十ニ號 三面より)
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