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品川 力 氏宛書簡 その五

 ツトムさん―お手紙と、アランポオ、の大鴉の訳詩をありが
たく讀みました。あのあとをよみたいと思ひますし、完了した上
は、どこかへ発表されることを望みます。今夜お訪ねしやうと思っ
てゐたのですが、お忙しいやうであるし、又、霙が頬ぺたをうそいたいの
で、卓燈の明かりで本をよむことにしたわけです。ウオズワースのは原稿
紙にかいてありますから、月曜日の晩にでも、お借した本といっしょに持って行って校閲をうけたいと思ひます。野瀨君は四月から、「藝術」といふ
雜誌を出すさうです。
 めりめゑ―この人ほど好きな外国作家はありません。
わたしは、めりめゑほどのものをひとつかいたら、その侭死んでも
いゝと思ふほどです。メリメエをめぐんで下さったあなたのご好意
を、ありがたく思ひます。


[消印]14.2.22 (大正14年)
[宛先]京橋区銀座尾張町
    大勝堂内
    品川 力 様


廿一日 ふじみが丘にて
菊池 与志夫


                       (日本近代文学館 蔵)





孤 獨 の 麥 刈 女
            ウォズ・ワース
       品 川 力 譯

野中にたゞ一人なる彼女を見よ
かの淋しいハイランドの乙女を
たゞひとり刈り
 ひとり歌つてゐる
こゝに立止まれよ
 さらば靜かに通り過ぎよ

ひとり乙女は刈りかつたばね
悲しげなる節にて 歌ふ
 あはれ聞けかし、深き谷は
その聲に充ち溢るゝなり

アラビヤの砂漠のなか
 綠の蔭に、いこ江る
旅人の群を止めなんほど
  美しく
歌ひたるナイチンゲールは
    あらず
はるけきヘブリデースの
 波の沈默を打破る
ホトトギスの春の調べも
かくまでに人を動かさず
乙女の歌ふものは何ぞ

その悲しげなる歌は
 古き、はるかなる
不幸なる出來ごとか
遠きむかしの戰ひの
 悲しき歌なるか
またそれともありふれる
  ことなるか
過去か未來か、この世の常の
 悲しみ、死別苦痛を歌へる
     ものなるか

歌ふ題は何なるか知らず
乙女はたへまなく歌ふ
 鎌もちて刈るを見たり

かくてわは丘にのぼり
 聲の聞へぬのちまでも
かの歌はわが胸に鳴けり。

越後タイムス 大正十四年三月廿二日 第六百九十四號 一面より





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