Photo by mitsukisora 野 瀨 君 の 死/品 川 力 23 一錢亭文庫 / 菊池 與志夫 2022年11月2日 15:41 野 瀨 君 の 死/品 川 力 野瀨市郎君がアッ気なく死んでしまつた。彼の手紙の終りにはいつも決ったやうに血圧が何度といふこと書いてあったので、藤田家では「血圧居士」の別名で呼んでいたとのことであるふだんから用心に用心をしてなるべく会合などにも顔を出さないやうにしていたのだが――。 その昔、彼は柏崎中学の名物男だって、小学生の僕等には山猿的の風貌は、近寄りがたいものがあったが彼が東京に出てきていまの葛飾に住むやうになってから、当時さかんにタイムスに寄稿していた菊池与志夫君に連れられて彼を訪ねたことから交際が始まったが彼と僕とをむすびつけた菊池君はいつとなく僕等から離れてしまったが、野瀨君は売れもしない創作集や歌集の自費出版などを続けていた。これは文壇にのり出す野心滿々たるものがそこにあったからだが、野瀨君の書くものにはどこか土嗅い香りが漂っているので好きになれなかったけれども軽るい感想風のものや、さりげなくかいた文章にはいいものがあった。 又とぼけたやうなくだけた調子のものになると特に天下一品で、ここに野瀨君の本領があるやうに思へてならなかった。 告別式で続々として多くの会葬者が集ってくるのを見た野島寿平大人は「俺が死んでも野瀨ほど人がきまい」といって大きな眼玉をギロつかせたものだが、野瀨君以上になることは間違いないところである。この有名な悪口屋も近頃トンと人の悪口を叩かなくなったもの――。 いよいよ出棺の際に室に残っては邪魔になるので、外に出ると、市橋善之助氏がさながら生ける野瀨君に話しかけるやうな別れの言葉が聞えてきたが、この絶切れ勝ちの聲が、グッと胸にきてやり切れなかった。 藤田美代女史は傍の千原三郎氏に「野瀨さんは知らせて好いところと悪いところの区別をして名簿の整理までしてあった」といってひどく感服し、私も早速やりませうなどの言葉をもらしているのを耳にして、「この万年女学生が、そんなにたやすく死んで堪るものではない。」と思った。 久しく会はなかった一人娘の純子さんが立派に成長されているのには驚いた。 {中略}ゆたかなる祝福がこの純子さんを中心にして開かれて行くことが感じられて。野瀨市郎君、以て心やすらかなれ。 昭和三十三年九月三十日(越後タイムス 昭和三十三年十月五日 第二一四八號 四面より)野瀨木人居士 昭和三十三年十月二十 四日野瀨家に於て 品川 力 藤田美代、早川音蔵、奥平祥一、石川順冏の四氏がすでに見えていて、やがて村山清益、吉田醇一郎、罇竜之助の三氏、これに品川力を加へての野瀨木人居士を偲ぶ会であった。この会合をすることは藤田女史の呼びかけによるものであるが、こんな話は持ちあがってから間もなく県人会に行くと、どうしたことか女史は急に腰の筋肉が痛み出していま病院に入院されたといふことだった。 ことが野瀨君のすぐあとなので少々気になったが、大したこともなかったものと見えて、いつの間にか退院されてこの会に顔を出された。そしてこの短い病院生活で又一段と美しさを増してこられた。 女史からいつも頂く案内状には女史の面目が躍如としている。 頃よりとかくことがよほど好きらしく、今回の案内にも午後二時半頃よりとあった。せちがらい世の中にこのやうなノンビリとした存在があることによってわれわれはどの位救はれているか知れない。 野瀨君は颱風のあと始末で、屋根にのぼったり、土運びなどをやって、ホッと一休みして間もなく、倒れたのだそうで、奥平大人が「アノ怠け者の野瀨が止せばよいのに、珍らしくこんなことをやるからだ、バカな奴だ」と、しきりにくやしがったり「悪気のない本当に善良な男でしたね、にくめない気持のいい人間でした」などとも話した。そして勤めから戻った純子さんをしげしげと見て「あの野瀨にこんな美しい娘さんが生れるんですからね」には皆んな笑った。 これでは野瀨市郎を知らない人はどんな醜男かと思ふに違いないが、晩年の彼の風貌は実に美しく、惚れぼれとするやうな立派なもので、大きく引伸した彼の写真をながめては「いい顔しているなあ、これをタイムスに載せたい」と話したら、藤田女史が、野瀨さんから借りますと引受けてくれたが、いつ迄たっても送られてくる気配がないから今回は著作目録を添えて彼を記念することにした。 野瀨市郎著作歌集 紅乙女 中学時代の作で、柏崎 品川書店刊「未見」歌集 劫火 大正12・1木人社歌集 落葉集 昭5・1木人社フナ釣場案内 昭13・10黄河書院川釣り 昭14・5 同釣具と釣餌の研究 昭15・4 同アユ釣り 昭16・5 同釣魚物語 昭16・9 同広虫と清麿 昭18・8 文松堂寒蟬歌集「昭和五年一月―昭和八年九月」千原三郎装幀「未刊」諸家共同執筆の単行本と雑誌等に発表せるものは略す(越後タイムス 昭和三十三年十一月二十三日 第二一五五號 六面より) #越後タイムス #昭和三十三年 #野瀬市郎 #品川力 #藤田美代 #奥平祥一 #村山清益 #吉田醇一郎 、#罇竜之助 #早川音蔵 #野島寿平 #千原三郎 ソフィアセンター 柏崎市立図書館 所蔵 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #越後タイムス #品川力 #野瀬市郎 #藤田美代 #昭和三十三年 #奥平祥一 #村山清益 #吉田醇一郎 #早川音蔵 #野島寿平 #千原三郎 23