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品川 力 氏宛書簡 その二十
ツトムさん―今の電話で、お母さまが、ご退院になるといふお話をきゝ、
心からお喜び申あげます。みなさまのお心をお察しいたします。僕も嬉
しくて耐りません。とに角いっぱいの歡びのうちにお祝ひ申しあげます。
なほこれからも十分ご養生をなさって、一日もはやくご健康をおとり戻し
になることを祈ってやみません
毎日雨にふりこめられて、僕の神経衰弱はつのるばかりです。僕の唯一の特色である憂鬱狂は、日ごとにはげしくなってゆきます。なにも手につかず
茫然として日を暮らしてゐます。もう梅雨がきたのでせうか。朝夕きまって歩るく路の靑菜の匂ひをかぐ息ぐるしさ。どなたか同情してくださいませんかね。この五月の憂鬱を。
あなたのこんどの訳詩も大へんいゝ。送るのが惜しいほどですが、思ひきって送りました。柏崎へ。
写眞説明―
(イ)クローズアップの、猿のやうなのは、今から三年前、築地のお寺
でとったものでアナキストの風貌をもつ、僕の一面。
(ロ)本箱の前のは、去年五月、厭生家としての一面。
(ハ)大きいのの説明はいづれゆっくり。
写眞などといふものは
へんなものですね。
そのうちにお祝ひにあがるつもりですがどうぞよろしく仰有ってください。
[消印]14.5.30 (大正14年)
[宛先]芝区 神谷町 九 光明寺 境内
品川 力 様
菊池 与志夫
(日本近代文学館 蔵)
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