ビジネスを成功に導く、価格設定の7つのポイント
皆さんの会社では、提供する製品やサービスの値段をどうやって決めていますか?
一般的には、自社視点・競合視点・顧客視点の3つを勘案しますが、最も重要な「顧客視点」は意外と忘れられがちです。
支払意欲の確認は、新規プロダクトの場合は特に重要ですが、実際は「売る直前になって考える」企業の方が多いと、プライシング専門会社のサイモン・クチャーは言います。同社の分析によると、新しいプロダクトの72%は売上未達に終わり、その原因は技術ではなくマーケティング、セグメンテーション、価格の問題に起因しています。
「顧客価値を基に値段を決める」のは、概念としては分かり易いですが、何に気を付けて実践すれば良いのでしょうか?今日は、事業のリーダーとして覚えておきたい、7つのポイントを紹介します。
① 何を作るかより、いくらで売れるかが先
新しい製品やサービスを考える際は、何を提供するかに焦点が当たりがちです。しかし、事業として成功させるためには、「顧客がそれにお金を払うのか」「いくらなら払うのか」を理解した上でその体験を設計していく必要があります。
この教訓を見事に実践したのが、ポルシェのSUV「カイエン」です。自社でスポーツカー以外の販売経験のなかったポルシェは、SUV市場を攻めるにあたり、綿密な支払意欲の調査を行います。想定顧客を展示会に招待し、他社のSUVと自社の試作品を並べ、どんな機能にいくら払う意欲があるかを丁寧にヒアリングしました。
すると、意外なことが分かりました。例えば、開発チームは、ポルシェの象徴とも言える6速マニュアルトランスミッションを顧客が当然期待すると想定していましたが、これに対する支払意欲は高くありませんでした。逆に、車内で子供が飲み物をこぼさずに済む、大きなドリンクホルダーには高い支払意欲が見られたのです。
ポルシェは、このような分析を積み重ね、顧客が求める機能を魅力的な価格で提供することで、ポルシェで最も売れる車種を生み出すことに成功しました。(より詳しく知りたい方は、freeeのYushi Sawaさんのこちらの記事を是非。)
② 支払意欲を知るには、コツがある
実際に支払意欲を調べる際、どんな聞き方をすれば良いのでしょうか?ストレートに「いくらで売るのが良いですかね?」と聞くと、人は答えに困ってしまいます。
代わりに、次の3つの質問を順番に聞くと、的確な価格帯を把握できます。
この機能について、妥当だと思う値段はいくらですか?
この機能について、高いと感じる値段はいくらですか?
この機能について、あり得ないぐらい高いと感じる値段はいくらですか?
目安、実際に「妥当」な値段は「2」の回答です。この値段が、顧客が感じる価値と合致し、支払意欲のある額と言えます。「1」はバーゲン価格であり、収益よりシェアの成長を優先するなら参考にできる価格です。「3」は今は使えませんが、将来的に目指せる範囲を知る上で有効です。
メールの生産性向上アプリで有名な「Superhuman」もこの手法で顧客にヒアリングを行い、現在の月額33ドル(= 5,000円)という価格に設定しています。単独のアプリにしては強気な値段とも言えますから、いかに顧客の真の支払意欲を把握することが大事かが分かります。
③ 価格体系は、価格と同じぐらい重要
「どう課金するか」は、「いくら課金するか」と同じくらい重要です。この原則を体現したのが、タイヤメーカーのミシュランです。
2000年代初頭、ミシュランは耐久性が20%向上した新型トラックタイヤを開発しました。しかし、タイヤは価格競争も激しいため、営業部門は「価格はせいぜい数%しか上げられない」という悲観的な予測を出しました。さらに、タイヤの寿命が延びた分、普通に売ればいずれは需要も20%減少してしまいます。
そこで、ミシュランの経営陣は、斬新な解決策を打ち出します。タイヤの本数あたりではなく、「走行距離あたり」の課金体系を導入したのです。これにより、ミシュランは売上を20%上げることに成功しましたが、メリットはそれだけではありませんでした。運送会社も、実際の走行距離に基づいて払えるため、閑散期や景気後退時の固定費リスクを回避できるようになったのです。
それでは、最適な価格体系は、どうやって決めれば良いのでしょうか?
1つの方法は、異なる価格体系を顧客に提示して、どれが良いか聞いてみることです。例えば、1万円の購入に対し、3%の決済手数料、1.5%の手数料と150円の固定費用、または300円の固定費用のどれが良いかを聞いてみたとします。総額は全て一緒なので、「どれでも良い」が理論的な答えなのですが、不思議なことに、人は「どれでも良い」とは答えません。想定顧客が「これが良い」と選んだら、「なぜそれが良いのか?」深堀りすると、顧客が何に価値を感じるのかが見えてきます。
④ 「価格戦略」は3つしかない
支払意欲の幅が分かっても、低めに設定してシェアを狙うか、利益を最大化するか等、取り得る「戦略」にはいくつか選択肢があります。一般的に、「価格戦略」は3つの基本パターンに集約されます。
1/ スキミング(上層吸収)戦略
新製品を高価格で導入し、時間と共に価格を下げていく戦略です(「スキム」とは、英語で、表面の膜をすくい取ること)。この戦略を取っている代表的な製品がiPhoneです。新型製品は高価格で導入され、前世代モデルの価格を次第に下げることで、異なる価格帯の顧客を段階的に取り込んでいきます。価格が品質の証となるこの戦略は、強力なブランド力があることが前提となります。
2/ ペネトレーション(市場浸透)戦略
低価格で市場シェアを獲得する戦略です。AmazonのEC事業が典型例ですね。ただし、これを維持するには、薄利多売を支える徹底的なコスト管理と規模の経済が必要です。「とりあえず安売りでシェアを伸ばそう」は禁物であり、全体的な事業戦略との整合性が重要となります。
3/ マキシマイゼーション(収益最大化)戦略
中期的な利益の最大化を図る戦略です。例えば、Microsoftはこの良い例で、過度な価格競争を避けながら、着実な収益確保を実現しています。
興味深いのは、Apple、Amazon、Microsoftという時価総額1兆ドルを達成した3社が、それぞれ異なる価格戦略を採用していることです。重要なのは戦略の選択だけではなく、選んだ戦略の忠実な実行とも言えます。
⑤ セグメントは人ではなく、ニーズで分ける
クレイトン・クリステンセン教授の著書「顧客のニーズを見極めよ」で「顧客は何をしたいのか」を軸に考えることの重要性が広まりましたが、未だに年齢や所得などの属性でセグメンテーションが行われてしまうことが多々あります。
この問題を理解するには、「水」の支払意欲について考えると分かり易いです。一口に水と言っても、何の用途で飲むかによって、支払意欲は変わります。
ウォータークーラー:無料
自販機:100円~120円(ディズニーランドは200円)
ホテルのミニバー:600円
レストランのスパークリングウォーター:800円
ここで鍵なのは、同じ人でも、状況によって支払意欲が変わるということです。セグメントを決める際は、この「用途」を軸に考え、それに適した体験と価格を提供していくことが大切です。
⑥ パッケージを考える際には、「LFK」を特定しよう
お昼の定食など、効果的な「パッケージ」は顧客と提供者の双方にメリットがありますが、どのように組み合わせを考えると良いのでしょうか?
この時に使えるのが、LFK(= Leaders, Fillers, Killers)フレームワークです。マクドナルドのミールを例に見てみましょう。
Leaders(主力機能):ビッグマックなどのハンバーガーですね。顧客の半数以上が必要とし、主たる購買理由となる要素です。
Fillers(補完機能):ポテトとドリンクです。単体では購入されにくいものの、少額の料金で提供することで、パッケージ全体の価値を高める要素です。
Killers(阻害機能):「ミールには必ずマックフルーリーが付きます!」と言われたら、「えっ」「いらないんだけど」と思う人も多いでしょう。少数の顧客にのみ価値があるものは、単品として提供するのが適切です。
⑦ 行動経済学の視点も取り入れる
人は必ずしも合理的な判断を下さないという概念は、ダン・アリエリーの著書「予想どおりに不合理」で有名になりました。
人の心理を理解し、真の支払意欲を引き出すことは、製品やサービスを体験してもらうだけでなく、顧客体験に投資する資金源を確保する上で重要となります。
例えば、人は子供の頃から、パズルがあればそれを完成させたいという欲があります。スポーツ選手のシールを販売するイタリアの会社「パニーニ」がこの心理を上手く活用したことから、「パニーニ効果」と呼ばれるようになりました。
この効果に沿って、自社の製品やサービスを羅列し、それらの相乗効果を訴求すると、人は「このパズルを完成させたい」と考えるようになります。現在、この手法は金融、不動産、B2B SaaSなど様々な領域で利用されています。
おわりに
多くの企業は、価格を一度設定すると長年放置してしまい、これが大きな機会損失になっている、とメンロベンチャーズのパートナー、ナオミ・イオニタは言います。価格は、その金額だけでなく、体系やパッケージを含め、半年毎に分析し、12~18カ月に一度はアップデートしていくことが重要です。
また、これを機会に、日常の中で色んな企業の値付けを観察してみるのも面白いかもしれませんね。