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大企業で小さなチームが革命を起こす秘訣

6月に日本でも提供開始されたリサーチ・ライティングアシスタントの「NotebookLM(ノートブック・エルエム)」は、ご存じの方も多いと思います。ざっくり言うと、手元の本や資料を読み込んで、独自の「ボット」を作ってくれるツールです。

実はこのツール、9月以降さらに異次元な成長を遂げていることをご存じでしょうか?

月次訪問数の推移。9月以降、急に伸びている(出所:similarweb.com)

その要因は、9月に提供開始された、「Audio Overview」という機能です。これは、NotebookLMに何か資料を読み込ませると、2人のAIポッドキャスターが、まるでリアルに会話しているかのように、その内容を膨らませてエピソードにしてくれるという機能です。

「Generate」を押すと、ポッドキャストが生成される
Metaの論文を基にしたポッドキャスト。あとは再生ボタンを押すだけ

残念ながらアウトプットはまだ英語しか選べないのですが、お時間あれば何か手元の資料で試して頂けると、雰囲気は掴めると思います。Googleによれば、日本は世界で2番目にNotebookLMのユーザー数が多いそうなので、日本語で聞ける日もそう遠くないと期待しています。

私もこの機能を試してみて、「おぉ!」と思わず声が出ました。論文や有価証券報告書など、じっくり読まないといけないけど、気が進まない。。。という時、NotebookLMに任せれば、ポッドキャストとして通勤中などに聴けるのです。米国では学生のみならず、多くのプロフェッショナルが日々これを活用しています。

資料の中身はもちろん何でも良いです。誰かが「Chicken」という単語がひたすら書かれた資料をアップロードしたところ、「世界中のケンタッキーフライドチキンより沢山のチキンがあるよ!」とウィットに富む返しをしてくれたそうです。

世界を席巻したこのプロダクト。ローンチ時はエンジニアが3名しかおらず、直近までもエンジニア10名に満たない小さなチームでした。大企業にいながらどうやってこのスピード感で革新的なプロダクトを作ることができたのでしょうか。

AI実験室から生まれたNotebookLM

NotebookLMは、Googleで「20%ルール(社員に就業時間の20%を副プロジェクトに費やせるルール)」として取り組んでいた社員らから組成され、後にAIの可能性を追求する実験部門「Google Labs」で正式にスタートしました。

リードPMのライザ・マーティンは、その特徴的な開発環境について次のように語ります。

「Labsでは、スピードを重視し、プロセスの形式化は慎重に判断しています。私たちのミーティングは、PM、デザイナー、エンジニアが話しながら、同時並行でPRD(製品要求仕様書)、モックアップ、コードを書く形で進めています」

2022年、チーム最初のエンジニアが、LLMを使用してテキストコンテンツとチャットができる「Talk to Small Corpus」の開発に着手。その後、2023年7月にプロダクトをNotebookLMと改名し、実験的にローンチしました。

この時点では、ライザ、ジェイソン(デザイナー)、著名作家のスティーブン・ジョンソン、そしてわずか5人のエンジニアという小規模な編成でした。

その後の1年間で、チームはNotebookLMにGoogle SlidesやURLのサポートを追加していきました。しかし、インターネットを席巻することになる革新的な機能「Audio Overview」は、2024年9月まで登場しませんでした。ライザは、その開発過程を次のように語ります:

「ユーザーから『テキスト出力だけでは物足りない』というフィードバックが寄せられていました。そこで私たちは様々なモダリティ(形式)を探り始めました。そんな時、幸運なことに、Google Labs内の別チームが強力な音声モデルを開発していることを知り、それを活用できることになったんです」

「より自然な音声にするため、モデルの改良を何度も重ねました。するといつの間にか、家でそれを聴いていた夫には、本物のポッドキャストとの区別がつかなくなっていることに気がつきました」

「様々な音声で試行錯誤しましたが、対話形式が最も響きました。ポッドキャストのような親しみやすさがあったからです。人々が心から楽しんでいる様子を見て、私たちは『これだ』と確信しました」

チームは着想からわずか2カ月でAudio Overviewを実装しました。そしてリリースからわずか数日後、この機能は学習ツールとしてTikTokで爆発的な人気を得ました:

「勉強ノートを2人の会話に変換して、それを聴くことができるんだって。普通に勉強する代わりにこれを使えるなんて!」

「これは法務大学院で絶対役立つ!人生が変わるよ!」

メディアが注目し、アンドレイ・カルパシーのような著名なAIリーダーたちもこの革新性を称賛しました。

この成功の裏には、ユーザーフィードバックへの真摯な向き合い、技術的な試行錯誤、そして「人々を楽しませたい」という一貫した思いがありました。小規模チームならではのスピード感ある開発と、大胆な実験精神が、革新的なプロダクトを生み出すことにつながったのです。

少数精鋭のチームから学べる6つの教訓

ビッグテックの世界では、成果を出すためにはより多くの人を巻き込むことが大事だと思われがちです。しかし、世の中を変えるプロダクトは、むしろ権限を与えられた少数精鋭のチームによって生み出されます。

リードPMのライザ・マーティンは、これまで意識してきたことについて以下のように語っています。

① コミュニティと共に作る

「Discordコミュニティの立ち上げを提案した時、Google内部では『Discordって何?Googleグループじゃダメなの?』という反応でした。しかし私は信念を持って進め、現在では6万人以上のユーザーから貴重なフィードバックを得ています」

「ユーザーと一緒に過ごす時間を大切にしています。学生たちが勉強する環境を観察し、彼らの宿題の取り組み方を見て、実際に話を聞くことで、プロダクト開発に必要な示唆を得ることができました」

「絶え間なく試行錯誤をしています。例えば、インライン引用機能への強い要望を感じた時、チームはすぐさまその実装に注力しました」

② 使いやすさにこだわる

「私たちは、最先端のAI研究と、人々の日常的なニーズの架け橋になろうとしています。Audio Overviewsは確かに驚くほど生き生きとしていますが、より大事なのは、人々が学習や理解を深めるための、ハードルの低いツールとなっているということです」

「多くのユーザーがAudio Overviewsの追加機能を求めています。私はそれを全て実装しかけるところでしたが、考え直して、より慎重なアプローチを取ることにしました。この機能が爆発的に広がった理由の一つは、シンプルなワンクリックの体験にあったからです。機能を追加する際も、楽しさと使いやすさを維持することを重視しています」

③ ミーティングは「実行」の場

「PM、UX、エンジニアが一緒に問題解決に取り組む時は、3つの頭脳が一体となって働いている感じです。会話しながら、PRD・モックアップ・コードを同時に作成していきます」

「明確な成果目標(Xを決定する、Yを解決するなど)のないミーティングには参加しません。そのようなミーティングになってしまった時は、問題点を特定し、再発を防ぐようにしています」

「我々はGoogleの一般的なプロダクト開発の型を破っていると思います。大企業では特に、リリースしないほうが簡単ですが、私たちは迅速なリリースに徹底的にフォーカスしています。緊急性を生み出すために、『擬似』締切を設定しており、これが上手く機能しています」

④ チーム内の関係作りに時間を割く

「ランチタイムは私の一日で最も好きな時間です。チームで一緒に食事をしながら、様々な話をします。しっかりした関係性があれば、仕事上のフィードバックもより効果的になります」

「Stevenは素晴らしいパートナーです。私が奇抜なアイデアを投げかけると、彼は『こういうのはどう?人々はこれをどう使えるかな?』とエゴなしで一緒に考えてくれます」

⑤ プロダクトを自ら日々使う

「私たちは全員が『Intro to NotebookLM』のノートブックを使用しています。特に、プロダクトの価値を理解してもらうのに効果的です。例えば、最近HR専門家向けのトレーニングで、NotebookLMに『HR専門家はNotebookLMをどのように効果的に使用できますか?』と質問しました」

⑥ 同心円状に情報を共有する

「文書は必要な時だけ作成します。スピード感を持って動いている時は情報はすぐに古くなり、あらゆる文書を最新の状態に保つことは私たちの足かせになるだけだからです」

「情報共有は同心円のように考えています。デザインとエンジニアのリードとは毎日30-45分話して足並みを揃えます。次の円にはステークホルダーと経営陣が含まれ、さらにその外側には他部門のパートナーがいます。それぞれに適切な情報が、適切な頻度で届くよう心がけています」

おわりに

NotebookLMの誕生秘話で忘れがたいのは、この少数精鋭のチームにベストセラー作家スティーブン・ジョンソンがいたことです。彼から湧き出るアイデアを基に沢山のブレストが行われた他、リードPMのマーティンは、あらゆる分野の情報から示唆を抽出する彼の働き方を丁寧に観察しながら、その能力を一般の人の手に届けることを目標にNotebookLMを形にしたと言います。今後もAIを民主化できるチームが世の中を変えていくとすると、このような才能のある人が今後さらに活躍する場面が増えていくかもしれません。

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