贋作の何が悪いのか

贋作の贋はにせものという意味で、贋作は本物らしく別に作ったにせものという意味だ。

贋作の何が悪いのか
それは端的に言うと、嘘だからである。
本物を似せた場合は完全にアウトだが、見つかっていない作品を描いた場合は歴史を捻じ曲げることになる。

ここで美術の不思議を感じる。贋作ということは本物と見分けが付かなかったのだから作品のクオリティとしては上等なのではないか?
それは食に例えるとわかりやすい。美味しいものを食べたとき、その味がどうかが重要であって、誰が作ったかはどうでも良い。
しかしながら、美術においては誰が描いたかが大きな価値を持つ。
ある作品を本物だと思い、5000万円の価値があると一旦評価したのに、その作者が別の人だと分かった途端にその価値が0円になる。

美術品の価値は鑑賞の価値と作者の価値の和である。
作者の価値とはその作者が他に何を作ったかということで
一人の人間が筆を動かしたという共通性を持つ。

この作者の価値は不思議なものである。
これは作者へのリスペクトなのだろうか?極端なことを言うと、作品それじたいよりも作者が好きだから彼の作品に価値が宿るという類の話だ。それは一理ある。しかし、その魅力が成立するのは自分でその美術品を所有するときだ。
では、それを飾って他人に見せびらかす場合はどうかというと、このXXXという絵は別のYYYという絵を描いた人と少しでも共通する部分がありますよという自慢をするためにある。

美術品の価値とは果たして本当に正しい評価をしているのであろうか?


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