小説「見たことない景色」(ふたりの日々)1300字
カナデの実家に帰省していた最終日、折角だからと越谷レイクタウンに二人で行くことにした。湖のほとりに大きくて長いショッピングモール建てられている。全てを見て回るのは一日かけてもできる気がしない。
特になにか欲しい物もないから、暖かいモール内を散歩して回るようなレジャーに落ち着いた。問屋の営業という仕事柄、モールに来ることは多いけど、あまりゆっくりウインドウショッピングをすることはない。
新しいもの好きのカナデは外からお店を見るだけでも楽しそうだ。
「あ、見て見て! VR体験やってるよ!」
家電のブースの前に大きく【VRゴーグル試遊体験】のパネルが出ている。中に入ると、障害物がない広いスペースになぜか人工芝が敷かれているスポットがあった。
「こちら、最新の機種でございます。お客様がまだ見たことのない景色をご覧いただけますよ」
こういう謳い文句を聞くと私は身構えてしまう性格だけど、内心ではやってみたい気持ちもある。
「面白そう! 私見てるから、ナオからやってみて!」
カナデは前のめりで子どものようにはしゃいでいる。一人で来てたら遠慮してただろうな。背中を押してくれるのがありがたい。
「じゃあ、やってみます」
私は手に握るスティックと呼ばれるものを持ち、ゴーグルを被せてもらった。
「おわ!」
いきなり目の前に恐竜が現れて、思わず声を上げてしまった。これは子どもの頃に図鑑で見たトリケラトプスという種類かな。外でカナデのクスクス笑いが聞こえるが、振り向いても翼竜が空を飛ぶ荒野が広がっているばかりだ。
「このデモ機は自動で場面が変わります。まもなく変わると思いますよー」
係の人の声が外から聞こえた。すると次の瞬間には目の前が鮮やかな花畑になっていた。青い空と地平線まで満開の花で埋め尽くされた空間は美しいけど気持ち悪い。スティックを手で動かすと花も撫でられたように曲げられ、離すと反動で戻ってくる。その時にふわっと花弁が舞い散る。
その後も場面はいくつか変わり、仮想現実の進歩を見せつけられた。ゴーグルを外し、現実に戻ってくる。
「はい、お疲れ様でした〜」
係の人がお決まりのフレーズを口にする。
「次、私、やりたいやりたい!」
カナデは居ても立っても居られない様子だ。私が外したスティックを受け取ってすぐに装着する。
私はいま見たVR空間の光景を思い返していた。見たことのない風景、まったく新しい体験、映像技術の進歩。こういうことを知っておくのは必要だな。
「いっくよ〜」
カナデがノリノリでゴーグルを付けた。
「キャー!」
カナデは絶叫して後ろにのけぞり、そのまま尻もちをついた。大丈夫か、と言いかけたが
「こわいこわい! あはは! なに恐竜さん? カワイイ!」
すぐに慣れてスティックで恐竜を撫でているようだ。その姿がおかしくて、私も思わず笑ってしまった。人工芝はこのためにあるのか。
場面が切り替わるごとにカナデはオーバーリアクションで応えた。途中から私は、この様子を後でカナデに見せたくて、動画を撮り始めていた。これを見返したら、また別の表情で笑ってくれるだろう。
私のまだ見ぬ景色は、身近なところでもっと探せるような気がした。
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