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コメディ小説「新作は計画的に」1400字

【当店新作!懐かしのシベリア!】

「店長、シベリアってパンの名前ですか?」

 何かも知らずに言われた通りにPOPを書いていた私は、アホみたいな質問を投げた。「バイト募集」の貼り紙以来、商品の脇に置くPOPも私の担当になっていた。

「パンっていうよりスイーツね。昔はパン屋さんでもよく売ってたみたい」

「店長も売ってたの知らないんですか?」

「あんまり馴染みはなかったな。大正とかそのぐらいの時期にはポピュラーだったらしい」

 街のパン屋さん「ブーランジェリー・ジュワユーズ」はピーク時間を過ぎて、バイトもみんな上がっていた。レジのチカコさんと遅番の私だけが残っている。

「なんでまたそんなスイーツを作る気になったんですか? 若者に流行ってるとか?」

「最近映画を観たのよ。ジブリの『風立ちぬ』って知らない? あれに出てきて」

 ふーん、と言いながらスマホで調べる。

「ってこれ10年も前の映画じゃないですか」

 声の出演に「庵野秀明」とあって二度見した。観てみようかな。

「店長、自由すぎませんか?」

 最近では店頭に半分ぐらいスイーツが並んでいる。話題になってたら片っ端から作るから、この商店街のお客様も流行に敏感になってきた。

「なんのために自分でお店やってると思ってんのよ。挑戦も失敗もぜんぶ自分の責任。だから楽しいんでしょうが」

 まぶしい、あの店長がキラキラしている。今なら時給アップチャレンジも成功しそうな気がする。

「ヤマノさんシベリア見たことないんでしょ? 今から作るから見ていく?」

 そりゃあ興味はありますよ。なにせ心を込めたPOPまで書いたんだから。実物知らないのに。

「あ、はい、もちろん」



 翌日、カステラ生地を袈裟に切ってサンドイッチのように羊羹ようかんを挟んだシベリアをトレイに載せて、私は店内に入った。昨日書いたPOPのプレートも載せて。

 普通のシベリアはサンドイッチぐらいの大きさだが、店長はさらにカットして一口サイズにしていた。

「あら、かわいらしいシベリア。懐かしいわぁ」

 いつも来てくれる年配のご婦人が嘆声をあげる。おお、ご存じでしたか。

「ひとつもらおうかしら、ここから取ってよろしいですか?」

「どうぞどうぞ」

 ご婦人はまだ私の手の上にあるシベリアをトングでつかんだ。すごい、いきなり売れた。

 店内を見渡して置けるところを探す。あれ、商品棚が空いていない。これどうすればいいんだ? 開店直後で棚の商品はパンパンだ。…うん、文字通りパンパンだ。って言ってる場合じゃない。

「店長! 棚空いてないです!」

 見ると店長はレジに追われている。

「仕方ない、ヤマノさん、ちょっと持ってて」

 新作は計画的に作ってくださいよ。もー、自分の店なんでしょ。そうしている間にも次々に声をかけられる。

「えーなにこれ、シベリア? 初めて見たー」

「この形おもしろい、オシャレじゃない? 映えそう」

「なんか映画で見たかも、ひとついただいていいですか?」

 私はトレイを持ったまま立ち尽くしていた。これじゃデパートの試食コーナーみたいじゃないか。棚は空かないし、シベリアは売れていくし、他の仕事できないし、花を入れる花瓶もないし、嫌じゃないし、カッコつかないし、N.O.!じゃないんだよ。どうしたらいいんだ。

 これじゃ棚が空く前にシベリアが…あ、ない。

「店長、シベリア、売り切れました」

「あらそう」

 店長の目が鋭く光った。

「明日は5倍作るわよ。ウチの店からブームを生むわ! ヤマノさん! ポスター作って!」

 …相変わらず商魂たくましい。店長、新作は計画的に。

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