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今日の700字小説「朝露ファソラシド」
少年はじっとその草に目を凝らしている。細長く尖った葉を持つ雑草の前に、しゃがみ込んで動かないーー
霧が出た朝の散歩道。ソウタは朝ごはんも食べずに駆け出して、この草地に踊り込んだ。彼の頭の中はピアノの伴奏が鳴り出している。舗装された散歩コースから少し脇に逸れて、草木が生い茂るエリアに分け入ってすぐのところに、彼のお気に入りのスポットがある。
そこに入ると頭の中のピアノの音もシンと静まり返る。足元にはシロツメクサやイヌビエなどの植物があちこちで葉を広げている。そこには、まるで霧吹きを吹きかけたかのような水滴がきらきらと輝いているのだ。
ソウタはしゃがみ込んで植物についた朝露をのぞき込む。水滴もまたソウタをのぞき返してくる。ソウタは朝露が点々と張り付いた一本の細長い葉に目をつけた。先端の尖ったヨシの葉だ。そこに等間隔に並んだ水の粒は、朝の爽やかな風を受けて小刻みに震えている。まるで合唱しているようだ。
ソウタは不意に手を伸ばす。ゆっくりと慎重に、手を出して、指先の震えを抑える。
その人差し指が、ついにヨシの葉を捉えた。ピアノのメロディが動き出す。
葉先を指でちょんと押すと小さな粒がするすると葉脈を流れて先端に集まってくる。音階が上がっていく。水滴が指に触れる直前、ぱっと手を離す。しなった葉は反動で大きく跳ねて、大きな水の粒は ぱちんと弾けた。
大きな粒が弾けて小さな粒に分かれ、放射状に飛び散っていく。ピアノのメロディは高音で霧散した。
この光景をその目で見るために、そして静かな朝をピアノの音色でいっぱいにするために、少年は霧の出た早朝を起き出してくるのだった。