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『漫才過剰考察』感想「M-1 2024の答え合わせができる本」

 きっとこんな文章は求められていないだろうし、持つ者が書いた本がさらに売れる手伝いをするのも癪なんですが、自分が見たエンタメについてnoteで「考察」を書くとバズると聞いたので書いてみます。令和ロマン髙比良くるま先生の『漫才過剰考察』という本について。あくまで感想です。読書感想文です。そう思って読んでください。

 まず、文章は口語で書かれていて、流れるような文体なので非常に読みやすいです。私は一日半ぐらいで読めました。価格は1600円+税です。

 言わずと知れたM-1グランプリ2連覇の王者・令和ロマンのメンバーである髙比良くるまさんが、2023年3月からWEB連載していたものの書籍化…らしいのですが、本書の中にもある通り、令和ロマンが1回目の優勝をした後に書籍化の話が出て、それからくるまさんが9割書き直して加筆した、とあります。発売は2連覇するより前の2024年11月10日です。


本の構成

 内容は大きく4つのブロックで分かれています。

  1. 序文とインタビュー

  2. M-1グランプリ考察

  3. 寄席考察

  4. 霜降り明星 粗品さんとの対談

 では、各ブロックの内容について、ざっくり感想を書いていきます。

序文とインタビュー

 序文(これまで)では、自分がいかに能力が低く、怠惰で、何もできない人間だったかが書かれています。自分を落として落としてこれからのサクセスストーリーをより華やかに演出する意図が見て取れます。とても嫌味です。この時点で読者は引き込まれます。もう髙比良くるまさんは主人公です。

 これを読めば「いま何者でもない自分にも、この人みたいに一番になれるものがあるかもしれない」と思わせてくれる構成です。あらゆる読者に希望を持たせてくれます。

 なんならこの数ページでM-1優勝までを描き、そこで天啓を得たとまで書いています。もうスピです。もうすぐ神を騙りそうです。

 これに続いて、2023年のM-1グランプリ決勝10日前のインタビューが続きます。この時点で「もしも自分たちがトップバッターだったら」の想定を話しているのが見どころです。

M-1グランプリ考察

 ここから本題であるM-1グランプリの考察に入ります。最初に自身が優勝した2023年の大会について振り返り、ここに至るまでの過程を2015年以降のいわゆる「新・M-1」(2001年に始まったM-1グランプリは2010年に一度終了し、2015年に復活している。くるまさんは復活後のM-1を「新・M-1」と呼んでいる)の流れの中で考察していました。この辺りはM-1ファンならかなり楽しめる内容だと思います。この時代のM-1グランプリを彩った名だたる漫才師が出てきて、その漫才の傾向をくるまさんが分析していきます。

 このブロックの核になる仮説が、2018年を境に「お笑いブーム」が加熱していき、観客の理解度のレベルが一段上がってくるというものです。演じ手の立場からこの論点で語ってくれるのはとても面白いので、ぜひ本書で確認してもらいたいです。

寄席考察

 2023年までのM-1グランプリを考察したあと、くるまさんはこれからの漫才を考えるという方向に進みます。そして賞レースとは違う文化になってしまった「寄席」について分析していきます。

 私は最近、東京の若手お笑いライブを見に行くことが多いのですが、ここに来ているお客さんは、おそらく賞レースからお笑いに入った人が多いイメージです。ですが、くるまさんは寄席のお客さんを「お笑いを初めて見にくる人」と分析しています。自分たちのことを知っている人ばかりではなく、むしろアウェーな空間だと言います。

 このブロックはかなり演芸論、技術論に寄っていて、初見の人たちにいかに自分たちを理解してもらうか、最初の笑いにどう持っていくか、の話が続きます。この人がおかしなことを言って、この人が訂正するという前提を理解してもらうテクニック、お客さんに大勢の前で声を出して笑ってもらうテクニック。若手芸人や舞台に立って表現をする人にとっては勉強になる文章だと思います。

 そして考察は東西のお笑いの違いにまで及んでいきます。ありがちな東西の対立みたいな話ではなくて、大阪の舞台に立っている上での実感の話であったり、さらに踏み込んで北と南、東北・北海道から九州・沖縄まで、その土地の文化に根ざしたお笑いの傾向を分析していて面白いです。

 どこ出身のこのコンビは〜とか、誰のどの技術がなんでウケるのか、まで分析して行くので、お笑いマニアじゃないと付いていけないかもしれません。そしてここまでを読むと、M-1グランプリ2024で令和ロマンが何をしていたのかがわかってきます。答え合わせができます。

霜降り明星 粗品さんとの対談

 このブロックは本文の流れとは別に、付録のように最後にくっついています。ですが、くるまさんが言う「新・M-1」の転換期、2018年の優勝コンビである霜降り明星の粗品さんとの対談なので、興味深い話が山ほど出てきます。この対談が、この本の中で一番くるまさんのヤバさ、粗品さんのヤバさがわかる部分だと思います。

 お二人の各メディアへの想いを語っている部分はヒリヒリするほど面白いです。忖度も偽りもなく自分たちの考えを持ってメディアと付き合っている人間の言葉の強さを感じました。

おわりに

 この書籍が話題になるよりも早くM-1グランプリ2024が開催され、令和ロマンの2連覇により、この書籍に書かれていることはすぐに過去のものとなってしまいました。ですが、M-1のために漫才をやってきた世代の代表として、漫才を「競技漫才」と「寄席漫才」に区分し、さらにお笑いの特徴を地域差にまで落とし込んで分析した文章は、お笑いを志す人にとっては後の世まで残るバイブルになるでしょう。

 もちろん、これは正解が書かれた本ではありません。2010年代後半から「賞レース」と「寄席」、どちらも主戦場として、その場にいるお客様を笑わせることに心血を注いできた人間の体験を綴った本です。そしてお笑いの今後を綴った文章は、令和ロマンがこれから歩む道でもあります。

 10年後、20年後のお笑い界を見た後で、改めて答え合わせをしてみたい、そう思う一冊です。



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