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小説「それぞれのクリスマス」2000字(ふたりの日々)
「疲れた〜」
年内案件と言われた化粧品ブランド「フロマリ」のプロダクトデザインのプレゼンがようやく終わり、私はデスクに突っ伏した。
「カシマ、メリークリスマス」
そう言いながら、課長のナカガワさんは私のデスクにコーヒーを置いた。缶コーヒーじゃない。デイズクラフトのテイクアウトだ。
「あ、ありがとうございます。わざわざデイクラまで行って買ってきたんですか?」
デイズクラフトはオフィスの近所にあって社員からも好評のカフェ。課長ひとりで並んで買ったのかぁ。
「俺からのクリスマスプレゼントってことで。プロジェクトメンバーみんなにね」
この会社にはいわゆるお茶汲みみたいな文化がない。デザイナーたちはそれぞれ我が強くて、若いうちは特に周りの意見も聞かずに突っ走る人が多い…ていうのを今回のプロジェクトで痛いほどわかった。その分、それをまとめる上の人間が気配りをしていたことも。
「今回は俺が実際に手を出せることはほとんどなかったからな。ねぎらうぐらいしかできないよ」
やっぱりこの人はシゴデキ上司なんだなぁ。
「今回リーダーやって初めてわかりましたよ。私は上司に恵まれてました。今までワガママばっかり言ってすみませんでした」
「よしてくれよ。デザイン会社はさ、メンバーのクリエイティブが全てなんだよ。マネジメントを覚えるのは才能が枯渇したおじさんからでいいの」
「そんなこと言わないでくださいよー。ナカガワさんまだ若いって。勝手に隠居しないで〜」
ちょっと雑な言葉でからかってみる。というより疲れていて言葉が制御できない。
「隠居なんかしねーよ。まだまだ案件持ってるわ」
ナカガワさんがすかさず切り返す。これぐらいの言葉遣いでも笑ってくれるから楽だ。
「それに、マネジメントをやることで新しく気づくこともある。それも今回感じただろ?」
たしかに。メンバーそれぞれが考えてることとか、表現できることとかがわかると、自分に足りないものも見えてくる。その部分を任せることもできるようになる。
「若いうちに好き勝手やるのも経験、その上で他の人と自分の感性を混ぜる経験をすれば、ひとりではできない新しいものができるんじゃないかな」
「やばい、クリエイティブ論、語っちゃってますよ」
「真面目に言ってんのに茶化すんじゃねーよ」
「あははははー」
なんでこの人の前だとふざけられるんだろう。ずっと目をかけてくれる優しい上司だ。甘えてしまう。
「帰らないのか? クリスマスだぞ」
時計を見ると19時を回っていた。でも、
「今日は結果を聞くまで帰りません」
この前、部屋に戻ってから悪い報告を聞いてルームメイトに散々迷惑をかけた。今日は仕事を持ち帰らない。
「ナカガワさんこそ、帰らなくていいんですか?」
「俺は帰ったところでどうせ一人だよ。クリスマスに部下を早く返すのが俺の仕事」
そうなんだ。他人に興味がなさすぎて、他の社員のパーソナルなところ、全然知らないかも。
「若い頃に結婚したんだけどな。こういう仕事だと、のめり込むと全然家に帰れないことも多くてさ。もっと早くマネジメントを覚えてたら良かったのかもな」
「あ、このタイミングでナカガワさんの身の上話はいらないっすわ」
「こいつ…」
言葉に詰まったところでお互い堪えきれず笑い声をあげた。その直後、
プルルルルル…
ナカガワさんのスマホがベルを鳴らした。
「ただいまー」
早歩きともスキップとも言えるステップで商店街を通り抜け、部屋に戻ったときにはナオが夕飯の支度をしていた。
「メリークリスマ〜ス!」
朝もこのフレーズで挨拶したような気がするけど、今日しか言わないんだから何回言ってもいいでしょ。
「おかえり。鶏肉で洋風っぽい料理にしてみた」
ナオが用意した夕飯は鶏肉のピカタだった。
「わー、おいしそ〜、楽しみ!」
ルームメイトと過ごすクリスマスは初めてでワクワクする。
「今日、プレゼンどうだった?」
ナオはサラッと聞いてきた。この前のこともあるし、センシティブな件なのに、こんなに自然に聞いてくるなんて。でも私はすぐにでも話したかった。
「通りました〜! プロジェクト成功で〜す!」
ナオは笑顔を浮かべて「やったね!」と喜んでくれた。二人でハイタッチした。
「なんですぐ聞いたの?」
率直な疑問をぶつけてみる。
「顔を見たらいい結果だってわかったよ。早く聞いてって顔してたもん」
うわ、恥っず。
「やだ〜100点取った子どもみたいじゃん。ははは」
「商店街のパン屋さんでケーキも買ってきたから、あとで食べよう」
冷蔵庫にはクリスマス仕様のショートケーキが二つ並んでいた。所々にゆずが練り込まれている。
「わーい」
本当に子どもみたいなリアクションばっかりだ。
食後、こたつに入ってケーキを食べながら、ナオにプレゼントを渡した。
「ナオが二人で使うこたつを買ってくれたから、私も二人で使えるものにしました!」
袋から両手に収まるパッケージを取り出したナオは、いきなり笑い出した。
「あーこれ、いま話題のやつだ! ありがとう」
ゴリラのひとつかみ。ふくらはぎ専用のマッサージグッズだ。
「ナオの仕事は歩くことも多いでしょ。これでしっかり疲れを取ってね」
こたつとマッサージ機。実用的なプレゼントを贈り合うルームメイトとのクリスマスは笑いながら更けていった。
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