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ショートショート「旅の途中の男」3000字

 街に着くと商店街の始まりのあたりに、褪せた緑色の服を着た男が立っていた。話しかけると

「わたしは旅の途中の者です」

 とだけ返された。

「奇遇ですね、私も旅をしているんです」

 と言ったが、男性は同じ答えしか返してこなかった。何度話しかけてもその調子なので、私はただのNPCかと思って別れを告げ、この街での用事を済ませることにした。あまり大きな仕事にありつくことはできなかったが、多少の路銀を手に入れたところで切り上げて、この街を出ることにした。

 次の街に着くと、なんとあの旅の途中の男がいた。よく考えたら前の街からここまでは一本道で、他に宿場があるわけでもないから、再び出会うのは必然だったのかもしれない。でも私は顔を知る人がいて嬉しくなった。

「また会いましたね」

 私が笑いかけると、男性は挨拶もなしにこう口にした。

「ここから山が見えるでしょう。あの山で獲れるククルパの実は、フツ肉といっしょに煮込むと絶品なんですよ。この街で一番のグルメです」

 これは何かのヒントかもしれないと思い、私はこのセリフを心のメモに書き留めた。

「ありがとうございます。この街での旅の目的に加えてみます」

 私はさっそく山に向かった。街の人に聞くと、山にはそこに住む偏屈な木こりがいて、山に入ろうとする者に難癖を付けてきて困っているのだそうだ。

 山に分け入ると私はすぐに大男に行く手を遮られた。手には斧を持っている。

「この山に何をしにきた! よそ者をこの先に通すわけにはいかん!」

 男が威嚇するので、私は慎重に目的を告げる。

「ククルパの実を探しに来たんです。この街のグルメだと聞いたもので」

 これを聞いた大男は鋭い目で私を睨みつけた。

「なぜよそ者がククルパの実を知っている? ふん、いいだろう。だがククルパの木の在処を教える代わりに少し手伝ってもらうぞ」

 どうやら私に選択権はないらしい。私は彼の山小屋に案内された。手伝いとは、山の管理と獣の対策だった。

 彼が街の人を山に入れないのは、遭遇すれば死に直結する獰猛なフクツクグマがこの山に生息しているためで、彼はクマが山から出ないよう警戒をしているのだそうだ。

「お前さんならもしかしたら、フクツクを倒せるかもしれんなぁ」

 薪割りや狩猟を教え込まれた私は、すっかりこの大男に気に入られたようだ。そしてなぜか猛獣フクツクグマを退治するパーティに入れられていた。

 私は彼と共闘してフクツクグマの討伐に成功し、その猛獣から獲れるフツ肉とククルパの実でフツ鍋を振る舞われた。旅の途中の男が言ったとおり、味は絶品で体力がみるみる回復していく。それと同時に身体の内に膂力りょりょくが漲ってくるのがわかった。

 その後、私は街へ下り、街の人々に事情を伝えた。私はちょっとだけ有名になり、この街での他の用事を円滑に片付けることができた。

 街道を行く道すがら、私はあの旅の途中の男の事を考えていた。もしかしたらあの人は、この旅の案内人なのかもしれない。自覚があるかないかに関わらず、私の運命のカギを握っているのかも……。

 次に訪れたのは大きな城のある街だった。そして……やはり街の入り口付近に、あの男は立っていた。

「やや! あのフクツクグマを倒したんですか!? さすがわたしが見込んだ人だ!」

 こちらから何の事情も話していないのに、近づいただけで言ってきた。それから細かいエピソードを話そうとしても、同じ反応を繰り返すだけだった。やはりただのNPCなのだろうか。

 諦めて街の奥に行こうとしたところで、どこからか全身に鎧兜を纏った男たちが現れ、私を取り囲んだ。そしてトサカのような飾り兜を着けた人物が大音声で宣った。

「貴様が宝物庫の鍵を盗んだ犯人だな! 大人しくお縄につけ!」

 あまりお城のある街で印象の悪い行動は取りたくない。私は大人しく屈強な男たちに捕まった。

 それにしても宝物庫の鍵って何だろう。街に着いていきなり、とんでもない濡れ衣だ。そう思っているうちに、私は牢屋に投獄されてしまった。

 こういう時は何か糸口を探さなきゃいけない。牢屋の中のものを物色してみる。と言っても道具になりそうなものはなにもなかった。となれば看守に何かアプローチするか。しかし近くにいる気配がない。これはいよいよ詰んでしまったか?

「こちらが牢獄でございます」

 石の壁に男の声がこだました。

 鉄格子を隔てた先に現れたのは褪せた緑色の服を着たあの旅の途中の男だった。

「いやー、こんなに上手くいくとは思いませんでした」

 やっぱりNPCじゃなかったー!

「驚いておいでのようですね。そう、あなたに無実の罪を着せたのはわたしです」

 男はやはり勝手にしゃべりはじめた。

「なんでそんな事を」

「言ったでしょう。わたしは旅の途中だと。あなたと同じようにね」

 え? 私と同じ?

「わたしもあなたと同じ、この世界を救うためにプレイをしている主人公なんです」

 やっぱりNPCじゃなかったー!

「なんで私を騙すようなマネを?」

 男は得意顔で語り始めた。

「この世界にはやらなければいけない『用事』が星の数ほどある。でもすべてをクリアするのには大変な時間と労力がかかります。だから同じプレイヤーのあなたに手伝ってもらったんですよ」

 確かに私は新しい街を訪れるたびに、その街で発生する様々な用事をこなしている。それはこの世界を救うために必要なことだ。

「前の街のこと、覚えておいででしょう」

 そういえばあの山に行こうと思ったのは、こいつのセリフを聞いたからだ!

「フクツクグマのイベントは得られるステータスは大きいですが、木こりに気に入られて修行を完了させるのにとても時間がかかる。だからあなたにやっておいてもらったんです」

 言われてみれば修行にふた月もかかっていた。

「今後必要になるククルパの実も、このあとで行けば街で買えるようになっていますからね」

 私がクマを倒して街の人が山に出入りできるようになったからか!

「じゃあ、この投獄も?」

「もちろん。この街では宝物庫に忍び込んでキーアイテムを確保する必要がある。でも鍵を盗んだことは必ずバレて、捕まるまでがこのイベントの筋書きなんです」

 なるほど、またもやこいつにしてやられたわけだ。

「あなたがわたしの代わりに時間を費やしている間に、わたしは旅を続けさせていただきますよ」

「とんだ詐欺師もあったもんだ。あんたに救われる世界に同情するよ」

 私は負け惜しみともつかない皮肉を放り投げた。

「なぁに、ただの協力プレイですよ。ほら、宝物庫の鍵は差し上げますから、年季が明けたらすぐにキーアイテムを盗って街を出てください。もっとも、それができるのは3年後ですけどね」

 そう言うと男は鉄格子の隙間から鍵を投げ入れた。

「では。お互い旅の途中ですから」

「やはり私の推論は当たっていたみたいだ」

「え? なんですって?」

 私がつぶやくと男はキョトンとした顔でこちらを見た。

「あなたは私の運命のカギを握っていると、ずっと思っていたんです」

 私は笑顔を作ったまま鉄格子に手を掛けた。

「この街に来る直前に『フツ鍋イベント』がある理由を考えたことがおありですか?」

「な、なにを言っているんです?」

 私はフツ鍋を食べて得た膂力をもって鉄格子をねじり曲げ、易々と牢屋から足を踏み出した。

「これからも一緒に、協力プレイしていきましょうね……」


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