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コメディ小説「年末の足音」1000字
「冬になったら忙しくなるわ」
背丈ほどのクリスマスツリーを組み立てながら店長がつぶやいた。大手チェーンはハロウィーンの翌日から店をクリスマス仕様に付け替えるが、うちのパン屋にそんな体力はない。
「やっぱりクリスマスは書き入れ時ですか?」
11月も20日になろうかというこの時期に「Boulangerie Joyeuse(ブーランジェリー ジュワユーズ)」ではバイトに手作りのクリスマス飾りを作らせていた。
「もちろんそうなんだけどね。やっぱり労働力。どこの業界にも『103万の壁』は高くそびえているの」
「いま話題の?」
私も学生バイトだったから知らないわけじゃない。そこを超えたら税金で引かれるというなら、ギリギリで止めたいと思うのが人情だ。
「でも今年はヤマノさんのバイト募集のおかげでちょっとは楽できるかもだけど」
「それを言いますか…」
私は愛想笑いと苦笑いの間を意識して顔を作った。ハロウィーンの時に書いたバイト募集の貼り紙。そのおかげか新しいバイトが3人入った。
「でも、もともと企業は12月にバイトを入れられてなかったわけですよね? それだと103万の壁が緩和されたとしても、前年の経費の中でやりくりするから年末に人員を増やせないんじゃないですか?」
「いい質問ね。実はその逆なの。仕事は普段よりたくさんあるぐらいだからそもそも人は入れなきゃ回らない。だから短期の派遣を雇うしかなくて、その分経費は割高になるんだわさ」
語尾に変なキャラ入れてきた。店長、疲れてるな。
「日雇いで慣れてない人に働いてもらうより、年末こそ熟練のみんなとお客様に最高のおもてなしをしたいじゃない?」
店長のドラマチックスイッチが入ってしまった。ここにいる全員に期待の視線を送る。
「あ、わたしクリスマスは彼氏と過ごすので入れませーん」
「わ、私もそのあたりで実家に帰るので」
「えっと、年末はスノボで山に籠りまっす」
視線に気づいたバイト仲間が目を泳がせて一斉に裏切りの声を上げた。店長はそちらを一瞥したあと、勢いよく私に向き直り、
「ヤマノさんは、クリスマス、入ってくれるよね?」
こんな空気じゃ断れない。あ、いや、もちろん入るつもりだったけど、クリスマスのパン屋さん楽しみだけど。圧が、圧が…。
「予定ないんで、もちろん大丈夫です。あの、ただM-1の日を外してもらえたら」
今年のM-1グランプリは12月22日だ。
「大丈夫、その日はうちも半日で店閉めるから」
やっぱり店長はお笑い好きだった。