マイナビラフターナイト「第10回チャンピオンライブ」から歴史を振り返る
お笑い登竜門
先日のマイナビラフターナイト第10回チャンピオンライブを会場で観た。私にとっては2年ぶり7度目の会場観覧だった。第3回大会から第8回大会までを会場で観覧し、前回は後日配信で観た。
TBSラジオのネタ番組である「マイナビラフターナイト」およびそのチャンピオンライブは芸人ラジオの登竜門に位置付けられる。そして空気階段の大出世によって、お笑いスターの登竜門と言えるほどの影響力を持っていると感じている人もいるだろう。
そういったお笑い登竜門としての枠を取っ払って考えた時に、殊|《こと》チャンピオンライブに限って言えば、ここ数年の大会は一年のうちで最も盛り上がるお笑いライブの一つと言えるのではないだろうか。
最高のお笑いライブ
マイナビラフターナイトとは
マイナビラフターナイトという番組は、毎月「オンエア争奪ライブ」と銘打ったライブをTBS社屋で開催している(年度によって開催地は違うこともあった)。その際も何十組と集まった芸人たちの中から面白かった組を投票してオンエアされるか否かが決まる。さらにオンエア後、視聴者がその週で一番面白かった組に投票し週間チャンピオンを決め、さらにその月で一番面白かったひと組が月間チャンピオンとして選出される。
私は「オンエア争奪ライブ」も何度か観覧しているが、本当に無名の芸人からちょっと名の知れた芸人まで幅広く参加していて、審査をする側にも独特の緊張感がある。
そんな環境から選ばれた月間チャンピオンたちは集まったお笑いファンからすれば既にスターであり、その目に「お手並み拝見」というような視線はない。みんなが最高のネタを見て笑いに来ているのだ。会場である有楽町よみうりホールのキャパは1,100である。
地下ライブの空気をまとった大舞台
この大会に出た芸人で、明確に外したという経験をした組はいないのではないだろうか。逆に毎回「このネタでこんなに笑い声があがるのか」と驚く場面がある。
私は第4回大会で目撃した岡野陽一のネタの時に起きた地鳴りのような笑い声を今でも鮮明に思い出せる。2018年時点でその場にいた全員が岡野陽一の笑いを理解し、そのネタに震撼した空間は、あの日あの場所にしかなかった。その笑い声は、2019年のR-1ぐらんぷりの決勝で同じネタが披露された際には悲鳴に変わった。地下ライブの熱気の中で1,100人が笑う、それは芸人にとって幸福な空間である。
ファン投票にならない信頼感
私が忘れられないのは、第5回大会の真空ジェシカだ。当時から真空ジェシカのネタは知っていたし、ラフターナイトのオンエア争奪ライブではサムネイル写真に命を懸ける人たちという認識はあったが、優勝するようなコンビだとは思っていなかった。今のようにM-1決勝の常連でもない。
だがその年のチャンピオンライブでネタを見て、投票欄に記入した名前は真空ジェシカだった。毎年のことだが、この年も投票する時はかなり悩んだ。私は普段から推している芸人が出場していても、当日のネタの面白さで投票を決める。
ただ自分が書いた時点ですら、まさか真空ジェシカが優勝するとは思っていなかった。私と同じように悩んだお笑いファンたちが真空ジェシカと書いていたことに驚き、興奮した。そしておそらく、真空ジェシカの二人が一番驚いていた。
第10回チャンピオンライブ
勝手に勢力図
今年のチャンピオンライブは11組による戦いとなった。勢力図をざっくり分析すると、東京のお笑いを育てたK-PROライブで力をつけ大看板に成長した「まんじゅう大帝国」「さすらいラビー」「かが屋」、神保町でしのぎを削る吉本勢の「9番街レトロ」「エバース」「めぞん」、大阪大会の覇者「ジョックロック」、太田プロの注目株「センチネル」、新興事務所でトップを張る「ポテトカレッジ」、“バキ童”擁する「春とヒコーキ」、オフィス北野からフリーを経て浅井企画に所属する「元祖いちごちゃん」。
個人的にはドンピシャの世代という印象で、ライブシーンで興味を持って推したい芸人が山ほど出ている大会だ。ラインナップを見るだけでワクワクする。ただ実績と知名度はかが屋が頭ひとつ抜けている。
白熱の展開
登場順は第1ブロックが【1.センチネル、2.ジョックロック、3.まんじゅう大帝国】第2ブロックが【4.ポテトカレッジ、5.春とヒコーキ、6.めぞん、7.元祖いちごちゃん】最終第3ブロックが【8.9番街レトロ、9.さすらいラビー、10.エバース、11.かが屋】。
まだ配信チケットが売っているので詳述は避けるが、展開としてはトップバッターのセンチネルが掟破りのネタで磁場を荒らし、第2ブロック頭のポテトカレッジが拍車をかけ、第1、第2ブロックの中盤までその流れに飲み込まれた感があり、第2ブロックのラストで元祖いちごちゃんが今大会最初のコントをやったところで混沌が頂点に達した。誤解してほしくないので書くが、全組ウケている。最終ブロックでようやく落ち着いて観られる状態になって、実力者たちがさらに熱を高め、最後にかが屋が締めた。
私の投票は、めぞん、さすらいラビー、かが屋で迷ったが、持ち前の狂気と美しいネタの構成に感動させられた さすらいラビー に一票を投じた。
果たして、報道されている通り、優勝はかが屋だった。これだけの実力者たちが恐ろしいほどの笑いを取っている中で、大トリで出てきて完璧なネタをやって、大団円を感じさせる拍手笑いを連発させられたのだから、それはもう、である。文句の付けようがない優勝だった。
賞金が上がる大会
理由は公表されていないが、第10回大会の賞金は200万円になった。第2回は50万円、第3回から第8回までが100万円で、前回第9回が150万円。賞金だけを言っても、若手芸人にとってその重要性は年々上がっている。しかも第4回からは主催者が選ぶ「マイナビ賞」なるものまで生まれており、太っ腹なスポンサーがついた金払いのいい大会になっている。
しかしお笑い芸人にとっての旨みは賞金だけではない。「お笑い芸人なら誰もが憧れる」(山里亮太談)優勝特典が与えられるのだ。
ラジオからスターへ
空気階段の成功
優勝した芸人にはTBSラジオで2時間の冠特番が与えられる。放送は例年12月半ばの日曜日25時-27時の枠だ。ここでチャンスを掴んだ組は、次の改変期からラフターナイトの後ろの30分でレギュラー放送が始まる。その時のTBSの編成上の運も絡むが、レギュラー放送が始まらなかった組も、いる。
冠特番から初めてレギュラー放送が始まったコンビが2代目チャンピオンの空気階段だ。彼らは翌年に始まった「空気階段の踊り場」からスターダムへの扉をこじ開けた。毎回の番組冒頭で「若手芸人の空気階段が世の中のためになる情報をお送りする教養バラエティ」と水川かたまりが台本を口にするが、彼らのラジオは若手芸人のライフイベントをリアルタイムで届けるドキュメンタリーラジオだった。
番組の人気と並行するようにネタの実力を高め、2021年にキングオブコントを制するとドキュメンタリーラジオは最高潮を迎える。
この空気階段の成功とともに、マイナビラフターナイトおよびチャンピオンライブへの注目度は増し続けた。
険しい番組継続の道
しかし、優勝すれば必ず成功が待っているわけではない。TBSラジオのお笑い枠は少なく、現在の担い手は強固だ。
5代目チャンピオンの真空ジェシカは「真空ジェシカのラジオ父ちゃん」で後半30分を1年間務めた後、ポッドキャスト番組に移行し、現在も継続している。ラジオイベントは毎回会場チケットは完売ながら、配信チケットを無限枚余らせる失態を繰り返しているが、人気番組として定着している。
続く6代目チャンピオンのオズワルドは「ほらここがオズワルドさん家」で真空ジェシカの跡を継いだが、翌年には水曜24時の1時間番組に昇格した。しかしそこから2年経った今年3月で惜しまれつつ終了した。
7代目の金の国は30分のレギュラー放送終了後、N93というTBSのポッドキャストレーベルに移行するが、1年後、N93が枠ごと消滅。8代目のサスペンダーズは30分のレギュラー放送を1年やって終了となった。
TBSラジオの深夜の花形「JUNK」の枠はメンバーが固定化され、10年以上新番組は始まっていない(JUNKサタデーは枠としては実質終了し、エレ片と枠移動してきた東京ポッド許可局が1時間ずつを分け合っている)。24時代の1時間枠も開始当初から続く「アルコ&ピースDCガレージ」と「ハライチのターン」が安定した人気を保ち、割って入った空気階段が定着したが、オズワルドは生存競争に敗れ、その枠を見取り図に譲っている。
最後に
これから来る若手は30分のレギュラー放送でトークを磨きコーナーを育てた上でリスナーの人気を獲得し、この牙城に挑まなければならない。とはいえTBSラジオで1年間 30分のレギュラー枠を得られるというのは若手芸人にとって絶大なチャンスだ。
関連して他の番組にゲストで呼ばれ、爆笑問題やナイツといった先輩たちと絡む機会も多く獲得する。どこかで引っ掛かれば他番組のレポーターなどでレギュラーが決まるかもしれないし、真空ジェシカのように番組イベントを打つ機会を手に入れるかもしれない。
10年目を終え、次月から第11シーズンを迎えるマイナビラフターナイトから、お笑いファンはますます目が離せなくなる。