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今日の1400字小説「お掃除メモリアル その2」

このお話の前段はこちらのリンクから。

 

押入れの暗がりから発掘されたのは、ハカマダ堂の紙袋だった。フリマアプリで売れば値段がつくほどの、あの有名なデパートの。しかしこれは一体いつ誰からもらったものだろう。何をもらったのかも覚えていない。

前回のあらすじ

 私の家族にデパートに行くような人はいない。物を定価で買おうなどという文化はデフレとともに捨ててきた世代だ。あ、いや世代のせいにしてはいけない。育ちのせいだ。

 いくら私の家族とて、贈り物ならそんなケチなことは考えないだろう。ならば家族の誰か?そもそも私にお祝いの場面など数えるほどしかないはずだ。しかし私の家族がデパートに行くなんて、ちょっと想像できない…。

 違う、私は押入れの整理をしているんだ。手を止めてはいけない。本来の目的を思い出し、カゴの中を漁る。
 
 次に掴んだのは肩から掛ける小さなポシェットだった。これは新卒で入社した総合スーパーで使っていたものだ。配属された売場が食品売場ではなかったからエプロンが支給されなかった。品出しで使うカッターやらペンやらを入れておくのに便利だと先輩のパートさんに勧められて購入したんだった。

 確かに便利だったけど、そのスーパーは1年半で辞めてしまった。いま思えば、あの会社にとって売上が伸びるような時期じゃなかったのに、暗がりの中で売上に必死にしがみつこうとしていた。誰が見ても社員は疲弊していた。一年目の私にできることはなかった。

 となればこのカゴは2010年代初頭の出土品が発掘される地層ということになる。つまりは私にとって大学卒業からの数年間だ。ならばあの紙袋は卒業祝いか就職祝い。

 …もしかしてそれもこの箱の中に入ってる?さすがに人からもらったお祝いの品をガラクタとともに押入れにしまい込むような恩知らずではないだろう、この部屋の住人は。

 倒置法で自分を追い込んだところで、カゴの底の方で小さい箱の感触があった。UFOキャッチャーのごときおぼつかない手つきで引き上げると、それは万年筆のケースだった。

 あった。これだ。

 すべてを思い出した。これは就職祝いに親戚の伯父さんから贈られた万年筆だ。彼は海外に赴任した経験もある本物のビジネスマンで、帰国の際は私の実家によく立ち寄って土産話をしてくれたものだ。子どもの私は内心では伯父の自慢話に退屈しながらも、その後に出てくるお土産のチョコレイトを期待して興味津々の体で話を聞いていた。

 その伯父さんがくれた万年筆は、国内最高級ブランド航海館の品だった。

 化粧箱はスライド式だ。引き出すと金色のメッキで縁取られた紺色の軸が見て取れる。イタリックのブロック体で「voyage」のロゴが刻まれている。この部屋の住人は少なくとも万年筆を裸で押し入れに投げ入れるような恩知らずではなかったらしい。隣にはコンバーター。ん? コンバーターってどうやって使うんだっけ? 記憶にない。つまり…

 そもそも使ってすらいない…!

 2010年代の地層から出土したのは新品の万年筆であった。よし、フリマアプリに…。この部屋の住人はそこまで恩知らずではない。ちゃんと使おう。

 押入れはタイムカプセルだ。あの日の思い出をあの日のまま保管している。

 万年筆って、使い始めるの勇気いるよね。

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