今日の1400字小説「ギャグの絵」
人との出会いが人生を変えることがある。それは人ではなく物かもしれない。人生を変える何かと巡り会えたら、それだけで人は生まれた意味があるのかもしれない。人は他とのつながりの中で生きているのだから。
「これ、なんの絵?」
ダイニングに飾っている小さな絵を見て、友人が聞いてきた。誰の絵、ではなく何の絵、と聞いてくる時点で聞いてもわからないような無名の画家の絵だということはわかっているようだ。その通りだけど。
「ギャグの絵、かな」
聞かれた通りに答える。友人はとりあえず聞いただけで、興味を失ったらしく、もうテレビのリモコンを操作している。
「ふーん、え?ギャグって?どういう意味?」
予想外の答えが返ってきて驚いたような反応だ。聞かれた通りに答えたのに。
「じゃあ、はじめから説明するよ」
数年前、知り合いが展覧会に絵を出展するというので見に行った。銀座の画廊だったが、まだ美術大学を出たばかりの若手芸術家の作品を集めた展覧会だった。知り合いがたまたま芸術家になっただけで、自分はこの世界に詳しくなかったので、キョロキョロしながら所在なく会場を歩き回った。
たくさんの作品が並んでいるから、作者も居たり居なかったりだ。私の知り合いはその日、在廊していた(画廊にいることを在廊というらしい)。よく見ると作品の横に作者名とタイトルの入ったプレートがあって、そこに値段も書いてある。ところどころ売約済の札が貼ってある。オークションではなく先着買上方式のようだ。アートの世界ってこういうものなんだなぐらいに思っていた。作品を売っていることも初めて知ったし、自分が所有するなんて思ってもいなかった。
そして、この作品に巡り合った。
人が横を向いて両腕を突き出している。体勢はエビのようにお尻を突き出した状態だ。そして顔は笑っている。プレートを見ると作品名は「ペルモッチ」と書かれている。
「気になりますか?」
後ろから話しかけられ、振り向くとカラフルな色の服を着た、いかにも芸術家然とした出で立ちの人が立っていた。
「これの作者です」
私は聞いた。
「これはなんの絵ですか?」
絵を見て、作品名を見てもわからなかったから、こう聞くしかなかった。
「ええ、これは、ギャグの絵です」
私が何も反応もできずにいると、作者は続けた。
「実は、友人がお笑い芸人を始めまして、彼の持ちギャグなんです。意味わかんないんですけど、芸術って意味わかんないじゃないですか。だから描きました」
そうか、芸術って意味わかんないものなのか。ならこの絵は紛れもなく芸術だ。だったら、
「これください。これ、部屋に飾ります」
そう言うと作者は手を叩いて喜んだ。「ペルモッチ」のプレートには売約済の札が貼られた。
「いや、ぜんぜん意味わかんない。聞いてもぜんぜん意味わかんない」
笑いながら、今の話のどこにこの絵を買う要素があったんだと馬鹿にしたようにツッコんでいる。
「じゃあ、意味わかんないついでにもうひとつ。芸術って、いきなり価値が上がるらしいよ」
「そんな上手い話、あるわけないだろ」
そう、そんな上手い話はあるわけがない。そんな芸術に巡り会えたら、私も大金持ちになれるのかな。
「ペルモッチ!」
え?
「ペルモッチ!」
テレビの中から声がしている。見るとヘンテコな衣装を着たお笑い芸人が、この絵と全く同じ態勢で「ペルモッチ!」と叫んでいた。
私は友人と顔を見合わせて、大笑いした。