今日の1200字小説「鏡の中で世界は」
自分の目に映る世の中は鏡である。何故か。人間は自分という鏡を通してしか社会を見られないからだ。ある一つのニュースが誰かにとって飛び上がるほど嬉しいことでも、同じニュースが誰かを深く悲しませていることもある。
その人の境遇や体調、感じ方によって、世界の見え方は変わる。だから私が見ている世界とあなたが見ている世界は少し違うのかもしれないのだ。
なんだろう。昨日から様子がおかしい。違和感を持ったまま一日を過ごしてみたけど、まだ明確な「違い」を断定できない。その状態がもどかしく、居心地が悪い。
いま私は教室で席に着き、朝のホームルームを待っている。この時点で違和感は生まれている。朝起きて顔洗ってご飯食べて歯を磨いて髪と顔整えて学校向かって何人かとおはようって言い合って学校着いてお手洗い行って席に着いて。何度違和感を持った?…何度も。
落ち着こう。先生が来る前にいったんミラーを見ておこう。コンパクトミラーを取り出して自分の顔を確認する。
これだ。顔が違う。…いやいや、誰かと入れ替わってるとか急に美人になってるとかじゃない。なんかいい感じだ。たぶんどこか…
「オガタ、おいオガタ!」
前腕をつかまれて驚いて顔を上げる。
「点呼、名前呼ばれてるよ」
すでに担任が教壇に立っていて、ホームルームが始まっているようだ。
「ああ、はい!」
「なんだオガタ、今日元気いいな!」
うわキモ。これギリセクハラか? なんでいつも関心ない担任がそんなこと言うの?しかも点呼無視してぼーっとしてた私に?キモい吐きそう。
「なんか雰囲気変わった?」
お昼休み。女友達のカナに言われて「それだ!」と気づいた。「なんか雰囲気変わった」だ。一言一句無駄なくこの状態をピッタリ言い当てている。確実に変化はあるのに明文化できないこの感じ。
「大人になったってことじゃない?素直に喜んだら?これから男子にモテモテかもよ?」
いやいや、冗談じゃない。そんなの望んでないよ。
違和感の正体を言葉にしてしまうともう逃れられない。目が開いてしまった。他人からの視線がわかる。目を伏せていても追ってくる。廊下を歩くだけで吐きそうになる。
自意識過剰が原因じゃないのは自分に自覚がないからわかる。担任にも友達にも気づかれたということが証明だ。地味に質素に目立たずにを心掛けて生きてきたから、見られないことが当たり前だと思ってた。
世の美人はこんな視線に耐えてきたのか?インフルエンサーたちはこれを力に変えるの?到底理解が及ばない。精神を蝕まれて当然だ。
自覚はないけど鏡を見ればわかる。自分がどんなに不機嫌を装っても顔だけは「感じがいい人」になっている。頼んでないのに勝手にかけられたシンデレラの魔法。
いたたまれずにお手洗いに駆け込む。蛇口を全開までひねって一心不乱に顔を洗った。
顔を上げると、鏡の中の私がニヤっと笑った。私は笑っていないのに、私でさえ魅せられそうな笑顔だ。
鏡の中で、私の世界は変わってしまった。