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ショートショート「喜怒哀楽・涙色」(1300字)

 カレから別れを切り出された時、私の頬を涙が伝った。昼休みの屋上、一緒にお昼を食べようと思って来たのに。なによそれ、自分で好きにさせといて、飽きたから捨てるっていうの? 自分でも感情が昂っているのがわかった。

「ちょ、おい、そんな色で泣くなよ。え? 怒ってるの?」

 カレ…元カレのその声で現実と焦点が合う。しかしそれは現実とは思えないほど真っ赤な視界だった。

 やばっ、感情出ちゃってる。私は慌てて後ろを向いて涙を隠した。手で涙を拭うと、指まで赤く染まってしまった。やだ、制服も汚れちゃうじゃん。ああ、こんな日に限ってお気に入りの白いハンカチだ。

「あ、おい待てって! ごめんな! 傷つけるつもりは…」

 私は手で顔を覆ったまま逃げるように校舎の中へ向かった。お前の言い訳なんか聞きたくない。それより今は一刻も早く涙を止めなければ。人に見られたら恥ずかしさで別の色の涙が出ちゃう。

 昼休みの校舎は廊下にもたくさんの生徒がいるが、みんな自分たちの話に夢中でこっちを見ていない。お手洗いまで誰とも顔を合わせずになんとかたどり着くことができた。

 洗面所の蛇口をひねり、冷たい水で顔を洗った。透明な水が私の涙を洗い流してくれる。

 幼い頃から人前で涙を見せるなと言われ続けてきた。感情を見せるのがはしたないとか、子どもっぽいとか、そういうことではない。涙の色で感情がバレてしまうからだ。

 子どもは特に感情のままに泣くから、むしろ周りの大人はその涙の色で、なんで泣いているのかを判断していた。痛みの涙は赤黒いから、探せばどこかにすり傷が見つかるし、悲しみの涙は青っぽいから、お友達とケンカしたことが予想できた。

 大人になると感情をコントロールするのが上手くなる。だから泣くことも少なくなるし、涙の色も透明になってくる。

「まさか赤で泣くとは思わなかったなぁ」

 放課後、マックで事の顛末を親友のアカリに話した。

「見たかったなぁ。ミサキが怒って泣くところ」

 今日は自分が泣いたことにも驚いたし、その色が赤だったことにも驚いた。

「やめてよ、恥ずかしかったんだから」

「でもカレシにはそれだけ不満があったってことでしょう? 別れてよかったのよ」

「わー、なんかドラマみたいなセリフ」

 そこで二人でわっと笑った。

 ドラマや映画で、涙は重要な意味を持つ。作者が込めた想いは、ここ一番というシーンに俳優の涙の色で描くことができるから。「最高の涙が撮れればその映画の成功は約束される」なんていう格言もまことしやかに吹聴される。二流の役者さんは色の付いた目薬を使うらしい。それ専門の技師さんもいるぐらいだから、全然それで問題はない。でも、演技の中で自在に涙の色を操れる女優さんは「涙の女王」と呼ばれ、様々なヒット作に出演することになる。

「そっかぁ、私いまドラマみたいな恋してたのかぁ」

 悔しいけどなんか嬉しい。

「あれじゃん。ドラマのお決まりの展開。『赤い涙のあとは、必ず復讐劇になる』。今頃カレシ君、ビビりまくってるんじゃないの?」

「あはは、それはいい気味だ」

 私に怯えて、墨汁みたいな黒い涙でも流してろ。

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