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児童憲章
すいた二時半の上りバス
じいさんがおろおろ停留所で
幼稚園帰りの孫を送って
「ノリコシでおりるんだよ
車掌さんに
よく言っとくんだよ」
と念を押すと
コクリとうなずいた男の子
小便すました車掌がもどって
でかいこえで「ハッシャア」と叫ぶ
バスがゆらゆら動きだしても
男の子はだまってつっ立っている
ノリコシは
ここから五つむこうの停留所
「おーい坊やこっちだこっちだ
おじさんのとこに来なさい
おじさんもノリコシで
おりるからな さあさあ」
太いおっさんの声がして
乗客たちはほっと安心
おっさんは坊やを知らないし
坊やもおっさんを知らないが
ふたりは仲よく話をはじめる
おっさんの右には
ハイヒールのおねえさん
そのとなりには学校の先生
ふたりとも本を読んで
知らあん顔をしている
おっさんの左は
ハカマつけたお坊さん
たぬきねいりのまっ最中
そのおとなりはいきな兄さん
口笛なんどを吹きはじめる
みんな はずかしいのか
はずかしくないのか
おっさんと坊やの話だけ賑やかで
そこだけがバスの特等席
だっこした二人がけの特等席
ばか明るくってまぶしくって
「坊やこっちだこっちへおいで」
と なぜ切り出さなかったのか
出せなかったのか
あのじいさんの声を聞いていて
何もしなかったのが恥ずかしくって
じゃ ひとつ 思い切って
このおっさんと握手しようと
思ったものの それも果たさず
とうとうノリコシを乗り越した
にがさは唾となって喉を下った
すいた二時半の上りバス
長周新聞(1962年2月25日)
60年以上前のバスは、座席が対面式の長いシートだったことでしょう。
そのバスの中の一場面を切りとったような作品です。
他人の子供に声をかけたり注意するのが難しくなってきてい昨今ですが、
作品中の「おっさん」のような行動が自然にとれたらいいですね。
なおタイトルになっている「児童憲章」は1951年(昭和26年)年5月5日に制定されました。教師でもあった作者は児童憲章のように子供たちが健やかに育まれることを願っていたことでしょう。そしてそれは身近なところで誰でもできると語っているようです。ちょっとした勇気があれば。
『すべての児童は、愛とまことによつて結ばれ、よい国民として人類の平和と文化に貢献するように、みちびかれる。』