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みんユルクロニクル#1 『池に行くつもりじゃなかった』

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公園まで来た木曜日 

2020年5月14日 17:00

 おれは公園でを見ていた。

 午後5時の、練馬区立武蔵関公園。太陽は傾き始めていたものの、強烈な光を公園全体に降り注ぎ続けていた。今日一日そうしてきたように。

 おれは池のほとりのベンチに座り、太陽の光を受けた水面が眩く輝くのをぼんやりと見つめている。まるで白昼夢みたいだった。夕方だけど。

 公園は平和そのものに見えた。平日にも関わらず、それなりに人の姿がある。老若男女、様々な人々が、互いにそれぞれ距離をおきつつ園内をそぞろ歩いていた。マスク越しにではあるものの、彼らの表情は心なしか柔和に感じられた。とても緊急事態宣言の最中だとは信じられないような。

 だが、おれは違った。

 おれの座っているベンチには、残り1/3ほどまでバッテリーの減った電動自転車が立て掛けられていた。水面を涼しい風が吹き抜け、さざ波を立てる。それは、予期せぬ輪行で火照った体には心地よかったが、これから気温が下がることを予告するかのようだった。
 ここに座って、もう30分ほどになるだろうか。刻一刻と夕暮れが迫りつつある中、おれはこの後の行動について踏ん切りをつけられずにいた。一言で言うなら、おれは途方に暮れていたのだ。

 おれは無表情でスマホを取り出すと、Twitterを開き、無感情に短いツイートを打った。

 太陽の光に誘われて走り出したおれは、調子に乗ってどこまでも走り続け、ふと気づくと、バッテリー容量の半分を完全に超えた場所まで来てしまっていたのだった。ここからまで、バッテリーを切らさずに帰れる可能性は、五分五分だろうか。いや、六四ぐらいでアウトだ。七三かもしれない。まあほぼ無理だろう。
 男には、負けるとわかっていても戦わなければならない時がある。とか言う。だが、気が重くなるのも間違いないじゃないか。なんせ負けるんだし。

 ツイートを終えた後も、問題を先送りすべく、おれの親指は機械的にフリックを続け、タイムラインを遡り続けていた。
 画面を睨むおれの虹彩は、脳に絶え間なく情報を送り続け、それによって思考を現実から切り離すことに成功していた。

 これはなんてことのない真理なのだが、ターニングポイントとなる瞬間は、いつだって予告なしに訪れる。自らの意思などとは関係なく。
 その刹那、ひとつのツイートが瞳に飛び込んできた。瞳の虹彩はそれを電気信号として脳へと伝達する。脳は通常、その意味を理解した上で判断を行い、今後の指針を決定した上で何らかの行動命令を体の各部署へと通達する。だがこの時、脳はそのプロセスをまるっと端折り、ダイレクトに反射的な信号を親指へと送った。止まれ。

 この、みたけと称するアカウントに見覚えはあった。
 おれは基本的にTwitterを、サッカー関係、特に応援しているJリーグチーム、FC東京の情報をやりとりするツールとしてのみ使用している。一応、間接的に実名は晒してはいるのだがリアルの知り合いは割と少ない。
 シャイかつ人見知り極まりない性格ゆえ、自ら積極的に絡みに行くことはあまりなかったが、それなりの人数、FC東京サポーターをフォローさせていただいている。

 このみたけさんとも、相互フォローの関係ではあった。リプライのやりとりをしたことぐらいはあったかも知れない。フォローさせて頂いている中でも、比較的ツイート頻度が多い部類に入るみたけさんの、中央に大きく皺の寄った東京マフラーのアイコン(いま、はじめて拡大してみたら、意外と怖かった)は、一日に何度も目にしていた。

 なぜ、このツイートに対しておれの脳が反応したか。それは、昨夜おれがたまたま、このツイートのリンクにある、  #マリサポから4U  という動画を見ていたからだ。

 これは、社会を支える方々に向けて、横浜F・マリノスのサポーターが、クラブアンセムである「民衆の歌」を歌い、エールと感謝を贈る、というコンセプトの動画である。クラブ公式ではなく、サポーターの有志による制作、というところも印象に残っていた。

 昨夜、おれはこの動画を見て感動を覚えた。それは、彼らが手に持ったメッセージの言葉にだけではなかった。それ以上に、彼らの表情に心を動かされてしまったのだ。こんな書き方をするともしかしたら怒られてしまうかもしれないのだが、素直に楽しそうだなあ!と思った。
 民衆の歌、というアンセムへの誇り、ユニフォームを着る喜び、チームへの揺るぎない愛と、マリノスらしい一体感が画に溢れているように思えた。これこそが優勝チームの……いかん一瞬暗黒面に堕ちそうになった。

 ユルネバでこれをやったら。

 いやいや、無理っしょ。

 マリノスサポーターに民衆の歌があるように、我々FC東京サポーターにはユルネバがある。だが、同じことを東京でも、というその考えは、脳内会議で議題に上がるや否や、一瞬にして否決された。

 なんというか、FC東京っぽくないと思ったのだこれは、おれの主観的な話なのかもしれないが、FC東京サポーターは、おそらくJリーグで一番まとまりのない人種。個人主義で諧謔主義。束縛を嫌い、馴れ合いを嫌い、自由への意識が人一倍強い集団である。いや、そもそも集団ですらない。
 おれは、それこそが東京らしさであり、サポーターの矜持であると思っていた。違う意見もあるかもしれないけど。違ってたらすみません。

 とにかく、スタジアム以外の場所でなにかをみんなで一緒に作り上げよう、という呼びかけに、素直に人が集まるとは、おれには思えなかったのだ。
 昨日一瞬浮かんだプランをあっさりと否決した脳が、なぜ今日このツイートに反応したかはだったが、この時も結論は同じだ。

 いやいや、無理っしょ。

 やはり否決である。ただし、この時、少しだけ心がざわっとしたのも事実だった。人が集まるかはわからないけど、仮に少しでも集まったとして、編集は誰がやるんだろう?編曲も必要だよな?主に技術的な部分での疑問が少しだけ頭をよぎった。

 いやいやいや、今はそんなことにかまけている場合ではない。太陽は傾きつつあり、これから祐天寺までの最短ルートを見つけなければいけないのだ。おれはツイートのことを頭から振り払い、ついに現実と向き合うことを決めた。じゃないとマジにここで夜を迎えることになる。Twitterを閉じ、Googleマップを開くと、ため息をつきながらルートを検索し始めた。

すべての言葉はユルネバ

 ついにおれは、青梅街道を走り始めた。公園での滞在時間は約45分。ナビはおれに、このまましばらく青梅街道を走り、高円寺を抜けて荻窪駅の先で環七を右に曲がれと命令していた。それが一番効率の良いルートらしかった。曲がるのが環八ではなく環七だという理由はわからなかった。
 走り出しは、とにかくバッテリーの残量計ばかりを気にしていた。だが、このあたりにはあまり土地勘がなく、距離感が掴めない。陽は段々と角度を増して行く。自分が効率よく走れているかどうかを確かめる術が無い。

 突然だが、自転車という乗り物はものを考えることに向いていると思う。いや、向いているというよりも、強制的に思考させられる、と言ってもいい。脚を動かし続けることと、景色が変わり続けることにより、脳が常に刺激され続け、活性化するような。知らんけど。

 おれはバッテリーと地図だけを気にしつつ走っていたつもりだった。しかし、いつの間にかさきほどのツイートのことを考えてしまっている自分にも気付いていた。つくづく、おれの脳はアンコントローラブルだ。

 (まあ、無理は無理だろうけど。仮に実現させるとしたら、どんな方法があるのかな?映像は各自スマホで自撮りなのは確定として、音はどうする?既存のオケを指定して、それに合わせるのか?いや、それだと権利関係が怪しいし。だとすると新たにオケを起こす必要があって…)
 そんなことを考えながら、自転車を漕ぎ続けた。考えれば考えるほど、困難な気がした。こりゃたいへんだぞ。

 やがて、練馬を出て、杉並へ。だんだんとTシャツ一枚の肌に当たる風を冷たく感じ始めていた。

 (この、みたけさんって人、大変だろうなあ。きちんと知識がある人がつかまるといいけど。ファンメイドだと、権利関係とか緩くなりがちだからなあ。まあ、東京サポーターの中には色々なプロがたくさんいるはずだから大丈夫か。なんせ、首都のチームなんだし、優秀な人材には事欠かないはず。でも、タイミングもあるからなあ。もし、誰も反応しないようだったらアドバイスぐらいは出来るだろうか。おれ、いま暇だし。いやいや、全然交流ないのにいきなり差し出がましくないだろうか?)

 走り続けるにつけ、いつの間にか、頭の中は完全にそればかりになっていった。やがて、青梅街道は環八とぶつかる。

 おれは四面道の交差点で信号待ちをしていた。角にはクリーニング屋と歯医者があった。目の前を右折車や左折車が入り乱れながらかなりの勢いで走り抜ける。
 おれはスマホを取り出すと、みたけさんのツイート探し、もう一度見た。まだ名乗りをあげた人は現れていなかった。ふと、そのとき、ツイートの本文が気になった。最初に見たときには普通に流していたのに。

「これのユルネババージョンも見てみたいと、マリサポさんから提案がありました。」

 その時、去年の年末の光景が頭の中にフラッシュバックした。あと6点コールでも、対岸のお祭り騒ぎでも、その中で歌ったユルネバでもない。
 それよりも数時間前、新横浜から日産スタジアムに向かう途中、降りしきる雨の中、電話ボックスに寄りかかって、動けなくなっていた自分を。すぐ横を勢いよくクルマが走り抜けていって…

 さっきの公園ではそんなことは思い出さなかった。昨日、映像を見たときですら、そんなことは忘れていた。おれは、なにかに操られるかのように、みたけさんに短いリプライを送った。

 送り終えると、信号は青になった。おれはスマホをしまうと、目下の問題である、家にたどり着けないかもしれない、という現実と向き合うべく、自転車を漕ぎ始めた。とてもスッキリした気分だった。これでようやく、バッテリーと地図に集中できる。
 この時、この後なにが起きるかなど全く想像していなかった。とにかく、送ってしまったものは仕方ない。まあ、なるようになるさ、と言い聞かせながら、おれは自転車を漕ぎつづけた。

 みんユル公開まで、あと21日。
 沈みかけた夕日の最後の残滓が、荻窪駅に曲がろうとするトラックに眩しく乱反射していた。


【#1 おわり】


 このnoteは、Jリーグの中断期間中、FC東京サポーターの一部有志がTwitter上で集まり、クラブのアンセム「You'll Never Walk Alone」(FC東京サポーターは、愛と親しみを込めて『ユルネバ』と呼びます)を歌った動画、 #みんなでユルネバ  通称「みんユル」が完成するまでの軌跡を、文章とリンク、それに制作スタッフ間で交わされた膨大なDMでのやりとりのスクショを使い、辿っていく制作日誌です。
 すでに限定的ながらリーグ戦は再開し、勝ったり負けたりに一喜一憂する日々は少しずつ形を取り戻し始めています。未だ予断を許さぬ状況ではありますが、 #みんなでユルネバ も、ある程度役目を終え、みなさんの記憶となりつつある今、少しずつあの濃厚な日々のことを書き残しておこうと思い立ちました。
 執筆しているのは、プロジェクトの動画担当だった、わたくしisomix。超個人的視点から、ねっとりとしつこくマニアックに描き出す、誰得文字量コンテンツになる予定です。忘備録かメモにすげえ長い毛が生えたもの、ぐらいに思っていただけるとわかりやすいですね。だいぶ長いです。
 5人のみんユルスタッフの中で、すでにグラフィックデザイナーのoomiさんが冷静な視点でnoteを上げていらっしゃいます。是非、そちらも同時にお読み頂くと、プロジェクトがより立体的に浮かび上がって見えるかと思います。
 さて、薄々ご懸念されておられる向きもあるかと思いますが、このコンテンツ、恐ろしいことに、このペースで進んでいきます。#1では、なんと練馬から杉並に移動しただけ。何話で完結するかは未定ですが、全貌が見えていない状態での見切り発車と相成りました。

 これは最初にお断りしておきたいのですが、僕には文章がやたら長くなる、という悪癖があります。本業の方でも、お前は言葉に頼りすぎる、とのお叱りを昔から受けております。
 たいへん恐縮ではありますが、これはもう、「個性」「芸風」とでも呼んで気にしない事にするしかないのかな、と思っておりまして…

 生憎なのですが、洗練された言葉選び、軽妙な語り口、計算されたテンポやリズム、などといった、シュッとした文章表現技術は持ち合わせてございません。
 なので、基本コンセプトは逆張りして、「しつこく、劇的に、さりとて嘘なく、余すところなく」に決めました。今。
 まあ、誰に頼まれて書いているわけでもありませんので、ここはひとつ、ゆっくりと気がすむまで、余すところなくプロジェクトの経緯を紡いでいければ、と思う所存であります。

 更新の頻度も特に決めていません。なんとなく、Jリーグの試合がない日かな、とは思っていますが。その都度ツイートはするつもりですが、このマガジンをフォローしていただけるとスムーズではないかと思われます。
 劇中でプロジェクトが終わる頃には、東京の優勝が決まってたりして。だったらいいのにな。

 もしも楽しみにしていただける奇特な方がいらっしゃるのであれば、試合の合間のお暇つぶしにでも、のんびりとお付き合いいただければ幸いです。

 途中、参加者の皆様の当時のツイートを引用させていただいている箇所がございます。もしも問題があればご連絡ください。すぐに対処させていただきます。
 
 さて、とりあえず今回、参加の意思だけは示しました。その後の展開はいかに!?そして、果たして僕は家に帰り着けるのでしょうか?
 次回、みんユルクロニクル#2 『ギアを入れたのは、誰だ?』へと続きます。お楽しみに!

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