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漆塗りの湯船の水鏡 湯宿 さか本 (石川 珠洲)

宿というのはリラックスする場所です。それに対して異論はないでしょう。私も異論はありませんが、中には心地よい緊張感に包まれる宿もあっていいと思います。それが能登半島の先端、石川県珠洲市の「湯宿 さか本」です。

能登自動車道を行く

さか本には2010年8月と2017年7月の2回訪れています。



入口のさりげない看板
さらに狭い道をかなり進みます
見えてきました
このカットがさか本のすべてを表している気がします。完璧だと思います
長暖簾が美しいです
内側から見ると透けて見えるのです


湯宿さか本のWEBのトップにはこんなことが書かれています。

                         さか本のWEBサイトのスクリーンショット


謙遜?いやこだわりと美学ですね。

好き嫌いというか、確かに人は(を)選ぶと思います。たとえばカップルの初めての旅行先にはたぶんならないと思います。いや、向いていないが正しいです。どちらかというと一人旅がいいと思います。

それは、同行者とここで語り合う必要はないだろうと思うからです。

誰かと映画を見に行くのは、見終わったあとに感想は話せるかもしれませんが、上映中はスクリーンとの対話でしかないないのと同じ。だと私は思います。なので私は映画は昔から一人で行きます。

2回目の投宿のときは、サンフランシスコからの一人旅の女性と食事をしました。何かでさか本の紹介記事を見たそうで、絶対に来ようと思ったんだそうです。彼女は日本には何度も来ている、メディア関係の仕事をしている人でした。

接客と言いますか、表面的なコミュニケーションはきわめてあっさりしています。昔で言うと銀座のクラブみたいな、宿に着くと玄関で出迎えてくれるとか、帰りがけにはみんなでいつまでも手を振って見送ってくれるとか、そういうものをおもてなしだと期待される方には全く向きません。

なんて言えばいいのかわかりませんが、自分の家に帰ってきて、また出かけていくみたいなサラッとした感覚。それでいて1ミリも冷たくはない、いやむしろその逆です。



建物は新しいもので古民家ではありません。

さか本の床はピカピカです。これは磨き上げられた結果ではなく、なんと漆塗りなのです。さらにスリッパの類は提供されません。素足で漆の床を歩いたことはありますか?これは言葉では言えない感覚です。

玄関正面
素朴で品の良い花入れ
花入れと花は日替わりです
暗くて見えにくいですが、右上には呼び出し用の銅鑼があります


手前には竈(くど)があります。稼働させているかはわかりません
大きな手水(ちょうず)です



さて部屋です。全部で3室しかありません。どれも狭いです。2人分の布団を敷くともういっぱいです。

部屋には本当に何もありません。旅館によくある座卓と座椅子も座布団もありません。設備的には簡易宿泊所みたいな潔いシンプルさです。

何もない、ひたすら質素な教室
書き物ができる空間
部屋からの長め
障子に落ちる影
瓦までピカピカ



1Fの廊下。床は漆塗りです。

廊下を歩くと緊張感が走ります

1Fの主に食事をする大空間は吹き抜けになっています。

写真の2F部分の奥が我々の部屋
漆喰の壁が美しい
障子戸の向こうが玄関です
1Fにはかなり広いスペースもあります
蚊帳です

子供の頃に住んでいた家では夏場は蚊帳を吊って寝ていたことを思い出しました。あれはどこか秘密基地っぽくて大好きでした。

美しい曲線



水回りです。まず部屋には水回りは何もありません。洗面所、トイレ、風呂はすべて共有です。

なかでもこの洗面は圧巻です。窓がありません。こんなに心地よい洗面を他では見たことがありません。冬はめちゃくちゃ寒そうです。

オープンエア! たらいは真鍮製
水栓金具が渋い

そしてお風呂です。浴室自体はごく普通で、特別なことはありません。風呂はここだけ、露天風呂はありません。窓の向こうの景色はごく普通ではありますが、この風呂の良さはそこではないのです。

浴室の向こうは林

まず浴槽が赤い漆塗りです。成分が溶けだしてかぶれないかと心配になりますがそんなことはないようです。漆の湯船はなめらかで優しくやわからかです。

そしてこの湯が最高なのです。温泉ではない鉱泉で、強烈な鉄の匂いがします。これほど強い鉄の匂いの湯は他で経験したことはありません。湯宿と称する所以はここにあります。

漆塗りの浴槽です

そして湯船の水面に注目してください。結露した窓ガラスが写っています。水面の揺れが落ち着くと、びっくりするくらいフラットで美しい反射、映り込みになります。

角度的に空が映り込んでいます

水鏡という言葉がありますが、きっとこういうものなんだと思います。鏡とはまるで違うし、普通の水でこういう反射を見たことがありません。鉄分のせいなのでしょうか理由はわかりません。

私がさか本でいちばん好きなのはこれだったりします。

鏡のような反射


夕餉です。ちゃんと写真を撮ればよかったです。本当に美味しい。普通の田舎の民宿のそれとはまるで違って、自然の素朴な素材に十分に手をけけて作られています。

器も懐石(または会席)料理とは異なる、素朴な器だけで供されます。見た目の豪華さは無いです。そこがいい。ワンプレートのカフェ飯が私は大嫌いです。

朝餉です。

揚げたてのがんもどきは言葉にならない美味しさでした
塗りの飯碗と汁椀は色を合わせると美しい



縁側にハンモック
この椅子の美しさ
夏場でも薪がありました
軒先で乾燥させているのかな
バックヤード
へばりついていました
早朝からよく鳴きます



広大な敷地内を歩いて2、3分の場所にある離れです。ここは本を読んだり音楽を聞いたりする空間です。ここは母屋とは全く異なる空間と設えになっています。ここはエアコンがあった気がします。

右側は巨大なはめ殺し窓
はめ殺し窓は快適ですが、暖かい季節は開け放ちたい気もしました。これくらいの大きさのオーニングタイプの窓ってできないのですかね


さか本はGoogle Mapのクチコミがわずか40件しか無いんです。1日3組ですから絶対数が少ないことと、さか本の魅力は文字で表現しにくい、ネットでアクティブな顧客層ではないなどの理由があると思われます。なのですが評価は4.7ときわめて高評価なのです。その中から2件ほどピックアップしておきます。

おひとり様だと部屋は狭く、温泉の宿という訳でもない。人を選ぶ、というのは確かだが、端から端まで、ここにしかない美学が詰まっている。結果、毎年訪れることになる。

日本の美の特徴である、ミニマルな、引き算のような美しい佇まいを体現しているようなお宿です。能登半島を北上するにつれて喧騒から遠ざかり、切り離された感覚を覚えますが、こちらの敷地に入ると一層静かな佇まいに安らぎを感じます。お料理は一見、華美なものではありませんが、非常に手が込められており、素材の良さががとても引き立てられています。温泉ではありませんが、漆の素敵な浴槽でお風呂を頂けます。おすすめのお宿です。

Google Mapのクチコミから


さか本は私にとっては間違いなく日本で一番好きな宿屋です。

公式サイトはこちらから。OTAには情報を出していないので予約は電話のみです。



参考までにさか本に関する記事も貼っておきます。


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