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Creepypasta私家訳『歯車の間に』(原題“There's Something Between the Gears”)

作品紹介

There's Something Between the Gearsを訳しました。Creepypasta Wikiでは“Spotlighted Pastas”に指定されています。“June-July 2015 Demon/Devil Writing Challenge”への出品作であり、悪魔やカルトの要素がある作品です。

作中に登場する固有名詞に何か意味や由来があるのかは分かりませんでした。例の固有名詞の意図についてはコメントにご指摘があります。失礼しました。

原作: There's Something Between the Gears (Creepypasta Wiki、oldid=1298365)
原著者: Whitix
翻訳: 閉途 (Tojito)
ライセンス: CC BY-SA 4.0
画像: Gears of Wear (Dave Herholz)


歯車の間に

こんにちは、未来の進化主義者の君! これを読んでいるということは、人類が衰退の途上にあると考えているということ。進歩のための論理的な筋道はただ一つ、人類は進化しなければならない、そう考えているはず。そして、そんな偉業を達成する方法はただ一つ、テクノロジーを利用すること、そう考えているはず。産業進化主義を奉ずる我々は君の声を聞き、君と同じ関心を抱いています。我々はこの課題の研究に数年を費やしました。解決策を、進歩のための方法を発見できたと考えています。さらなる情報に興味があれば、案内に従いこちらの住所へ……

ルーカスはチラシを指で挟んで持ちながら、もう一度ざっと目を通した。チラシには「機械の栄光」やら何やら、説教じみた戯言が書き連ねられていた。各部の内容は大して意味を成さず、チラシ自体はMicrosoft Wordを使って5分で作られたかのように見えた。「テクノロジーを最大限利用する」とか「テクノロジーを利用して利益を上げる」といった内容であると考えると、強烈に皮肉な文言が延々と続いた。

控え目に言っても、産業進化主義運動は、ルーカスがカルト活動の可能性のあるものを調査をすることになると伝えられたときに想像していたものとは違っていた。ルーカスは以前から秘密調査に従事し、熱心な信仰家たちに対処してきたが、その二つを同時に実施したことはなかった。そのため、かなりの不確実さを伴いながらも、ルーカスは産業進化主義者の調査に同意した。ルーカスの上司は多くを語らなかった (そうでなくても、少なくともルーカスは多くのことを記憶できなかった。任務の概要についての記憶は少しモヤモヤとしていた)。しかし、ルーカスはチラシを手渡され、そのチラシに知る必要のあることが書いてあると説明されていた。

チラシにはこの運動の理想についての概要が記されていた。その理想とは、テクノロジーの適切な利用、人類の機械への依存やその継続、人類が辿るべき「進化の筋道」の提案である。しかし、それ以上の情報は乏しかった。ルーカスは依然として調査対象についてそれほど詳しくは把握していなかったのである。ルーカスはカルト活動の可能性のあるものに警戒することになっていたが、産業進化主義者を「カルト主義者」と糾弾する材料はなかった。確かに、産業進化主義者たちは非現実的な概念に従う見当違いの楽天主義者であるように見えたが、真偽がどちらにしても、どんな宗教においても同じことが言える。

それでも、新参者を装ってカルトに入り込むというアイディアは確かに興味をそそられた。ルーカスは自分の車の窓から、産業進化主義者たちが言うところの「お屋敷」を眺めた。実のところ、件のコミューンの会合場所は、市の産業区画のど真ん中にある荒れ果てた倉庫に過ぎなかった。その場所は長らく放棄されていたようで、窓は腐った木材が打ち付けられ、壁はコンクリートにヒビが入っており、くすんだ赤いペンキで塗られた欠片が転がっていた。産業進化主義者の会合場所であることを示す印は一つもなかった。即座にいくつか疑問が湧いてきた。信者たちは非合法的にこの場所にいるのか。それが正しいとして、いつからそんなことに。もちろん、疑念を抱かせることなく質問できそうにはなかった。

ルーカスは件の倉庫に何気なく入り込む人々を慎重に凝視した。男性、女性、若者、老人、様々な体形の人々が身を屈めてドアを潜り抜け、視界の外に消えた。ほとんどの人が、良く言えば注意深そうな、悪く言えば偏執的な表情をしているように見えた。彼らはぎこちなく心地悪そうに足を進め、皆が一貫して肩越しに一瞥し監視されていないか確認していた (実際、監視されている)。50人ほどを数えたところで、ルーカスは車から足を踏み出し、涼しい夜の中を進んでいった。そよ風が後頚部を撫でたとき、ルーカスは時間を確認した。11:50。ちょうど会合が始まる頃合いだ。

ルーカスはコートを引き上げ、帽子を目深に被り、手をポケットに押し込むと、通りを渡り始めた。しかし、渡りきる前に、車が背後から突っ込んでくるのを感じ取った。ルーカスは本能的に振り返り、若い女の姿を見た。女の頭は灰色のフードでほとんど見えなかった。女は恥じらいの笑みを浮かべた。

「ごめんなさい!」

女は咄嗟に声を上げた。

「注意不足でした。車から急に出てきたものだから、全然姿が見えていなかったんです!」

ルーカスは穏やかに微笑み返した。信者たちには友好的に振る舞いたかった。「大丈夫」とルーカスは冷静に言った。

「あの、僕、実は全くの新人なんです。産業進化主義運動の人ですよね。できれば案内してもらえますと……」

ルーカスは倉庫の方を指して、言葉を消え入らせた。

「え! いや、違うんですよ……いえ、いや、あの……」

女は慌しくしわくちゃのチラシを取り出した。チラシはルーカスがポケットから取り出したものと同じものだった。

「私も今回が最初の会合なんです! えっと、1週間前にこのチラシを貰って、面白そうでしたから、もっと話を聞きたくて、その……ここに来ました! あの、ここで場所は合っていますよね。いや、あなたも新人だって知っていますけど……」

「そのチラシの住所が正しいとすれば、そうですね、ここが正しい場所です」

「良かった! でもよく分かんないですけど、何だか、ひどいっていうか、ね? どこもかしこも壊れていて……ボロボロ。分かんないですけど、想像以上っていうか。あの! えっと、もし良ければ、どこでチラシを貰ったか聞いていいですか。えっと、あなたも持っていますよね。こんなチラシ」

女はチラシを掲げた。

「あなたと同じように郵便で来たんですよ」

正直なところ、ルーカスはチラシの入手元について考えておらず、答えを用意してもいなかった。女の答えを拝借すれば上手くいきそうに思えた。

「へえ、あなたも。あー。いいですね。ああ、うん、変、ですね。どうやって産業進化主義の人たちはチラシの宛先を知ったんでしょう」

ルーカスは女がこの話題に不安を抱いていることに留意した。

「あっ! ところで、私、アリサです」

女はしきりに手を差し出して、話題を変えた。

「イアン・ジェームスです」

ルーカスは返答し、丁重に握手を交わした。

「かなり寒くなってきましたね。中に入った方がよさそうです。誰かがどこに行けばいいか教えてくれるといいですけど」

「そうですね!」

アリサは同意して、ルーカスの横に付き添って通りを渡った。

黙って歩く中、ルーカスは密かに思った。アリサは少し熱狂的ではあるが、害は無いようだ。産業進化主義者たちが集めているのがこの手の人々となると、大して問題にはならないはずだ。

ルーカスとアリサは倉庫の錆び付き色褪せたドアに近づいた。ルーカスはドアを開け、アリサに先に入るように促した。アリサは微笑むと、カーテシーの真似をし、倉庫の中へ入った。ルーカスも後に続くと、すぐに暖かい空気の波が顔に当たるのを感じた。倉庫の中に踏み込み、周囲にいた60名ほどの人々をじっと見つめた。人々は様々な世俗的な話題について嬉しそうにお喋りしていた。部屋は頭上の照明のおかげで十分に明るかったが、人々の上方には靄がかかっており、そのせいで光が少し遮られ、熱が遮断されていた。石炭や煙の臭いの他、別のものの臭いもしたが、ルーカスにはそれが何の臭いか思い出せなかった。折り畳み椅子が木製の講壇の前に並べられており、講壇はステージか何かの役割をしていた。講壇の最上段には演壇が置かれており、布が被さった大きな長方形の物体も置かれていた。ルーカスは長方形の物体の特徴を把握しようとしたが、布で覆い隠されていてよく分からなかった。その物体は縦60センチ、横90センチほどの大きさで、部屋中を漂う靄は布の下から出てきているようだった。

「イアンさん!」

ルーカスは部屋中を見渡して、アリサが席に着き、隣席を軽く叩いているのが見えた。アリサはフードを脱いでおり、長い茶髪を肩の上に垂らしていた。ルーカスはアリサの方へ歩み寄って腰を下ろした。すぐに部屋の中の他の信者に質問するのではなく、周囲に溶け込むのが最良だと判断した。他の人も数名は座っており、そんな人が部屋のそこかしこに散見されたが、ほとんどの人はグループを作って立っていた。ルーカスは近くの人の会話に耳をそばだてた。

「……今夜は誰になると思いますか。志願しようと思っていますけど、メイソン神父が僕を選んでくれるとは思えなくて」

「……新しく来た人が何人かいるみたいです。運動の主張が広まっていると分かっていいですね。彼らはきっと必要になるでしょう」

「……生贄? いえ、一方を他方へ溶け込ませるということですよ。生贄というのは正確ではない言い方です」

最後の話を聞いて、ルーカスは少し用心した。普段の会話では大抵「生贄」などという言葉について話題にはしない。ルーカスはそのような話に繋がったものが何かを知りたかったが、疑われずに直接質問することはできなかった。何か違和感があるが、何がおかしいのかを示す証拠やアイディアがあるわけではなかった。それでも、ルーカスは懸念を表情には表さず、無表情で前方をじっと見ていた。しばらくして、ルーカスはアリサの方に顔を向けた。アリサは興奮の中、独りでに不規則な旋律で鼻歌を歌っていた。

ルーカスは「あの……」と話を切り出し、アリサの気を引いた。

「産業進化主義運動について何か知っていますか」

アリサは後頚部を掻き、思案してから話し始めた。

「あんまりです。チラシに書いてあることを読んで、インターネットでもっと深くまで調べて、それで終わりですね。この運動が何なのか、要点は知っていますけど、それ以上は分かりません」

「本当ですか。インターネットで何か見つかったんですか。調べようとすら思いませんでしたよ」

実のところ、ルーカスはインターネット上で広範囲の調査を行っていたが、産業進化主義者たちに関する言及は一切発見できなかった。ルーカスはアリサが何かを掘り当てたと聞いて驚き、少し疑念も持った。

「えっと、名前で推測できると思いますけど、この運動は産業革命の延長なんですよ。少なくとも、産業革命の基本的概念の延長ではあります。そうですね……機械の革新と、人間の生活の持続的な向上、みたいな感じですね。あ、待ってください、言い方が悪かったです。そうそう、こんな感じでした。……機械は人類の本質的な延長であり、即ち人類の前進への焦点となるはずである。それは進化における次なる進歩である。伝わりましたかね」

「なるほど」

「良かった! それが運動の背景にある核心的な信念です。他にもですね……」

アリサの声音に不快感の色が混じった。

「この運動には崇高な機械存在への信仰を中心とした側面もあるみたいです。でも、そんなの本当は違うんじゃないかと……」

このときになって、ルーカスは関心を抱いた。

「続けて。どんな信仰ですって。この機械存在ってものについても」

「あー……えっと、読んだ記事の中で名前がずっと出てくるんですよ。『ソー・セイティス』(So-Saitys) って奴です。他には情報は何も……」

「何者なんでしょうね。『ソー・セイティス』でしたっけ。神か何かでしょうか。もしかして悪魔?」

「よ、よく知りません。『神』より『悪魔』に近いと思います。でも、『悪魔』って言葉では多分、表しきれていませんね」

「ソー・セイティス様万歳! 彼の地獄の機械よ!」

ルーカスとアリサは背後から聞こえた声の方に振り向いた。老年の薄汚い男が2人の方に向かっていた。男の顔はニヤリとした熱狂的な笑みで引きつっており、顔中には病気のような灰色の斑点が広がっていた。男はアリサとルーカスの椅子に手を置いた。両手にも灰色の斑点が広がっていることにルーカスは気付いた。

「新人さんはいつだって大歓迎! 私はメイソン神父。ところで、私が産業進化主義運動を率いていましてな。我々のことをよく知っているようで驚きましたよ、お嬢さん。この会合にいらっしゃる方のほとんどは運動について進んだ知識を持たずに来ますからな。でも、お嬢さんはよく調べなさったようで」

アリサは一言も言わずにメイソン神父に微笑んだ。

「すみません。僕はイアンと言います」

ルーカスの言葉が沈黙を破った。メイソン神父はルーカスに微笑んで、頷いた。ルーカスは話を続けた。

「僕はイアン・ジェームス。こちらはアリサ。ソー・セイティス様についてもっと教えてもらえますか。この運動でのソー・セイティス様の役割をよく知らないので」

「おお。知識への欲求を見ると快活にさせてくれますな、ジェームスさん。じっとただ座っていなされ。説教に耳を傾けよ。さすれば、君の疑問は解消されましょうぞ」

ルーカスは笑みを浮かべ、頷くと、手を差し出した。

「分かりました、そうします。この運動について深く知るのを楽しみにしています」

メイソン神父はルーカスの手を握った。

「私も教えるのが楽しみ。お二人に会えて光栄ですぞ! 是非とも説教を最後まで聞いていてくださいな」

メイソン神父は講壇の方へ歩いていき、時折立ち止まると、他の人々と挨拶やお喋りをした。ついに講壇に上がると、緊迫感の波が人々の間に広がった。人々は沈黙し、席を探しに急いだ。メイソン神父が話し始めるときには、喋る人はほとんどいなくなっていた。ルーカスはひたすら座り続け、かなりの関心を持って耳を傾けた。ルーカスの目にはカルトの根源が形を成し始める様が確かに見えていた。

「こんばんは、皆様!」

メイソン神父の声が倉庫中に轟いた。

「今夜はこれほどまでに大勢の方にお越しいただき感謝しています。何人か新人の方もいらっしゃるようで。大変心が暖まりますな。我々の小さなコミューンも明らかに成長しています。拙僧も期待に胸を膨らませております」

「でも、皆様は私のお喋りに付き合いにいらっしゃったわけではありませんな。皆様は人類の未来に興味があってここに来た!」

人々からいくつか歓声が上がった。ルーカスは沈黙し続け、椅子に寄り掛かった。

「他の誰にも我々と同じことをする勇気が無かったからここに来た! 世界中の政府組織が我々の窮状に目を背けてきたからここに来た! 皆様の援助を求める叫び、関心を求める請願、心配は黙殺されるばかり! 他のいわゆる『信仰運動』は皆様に背を向けた! 連中は商業主義や理想論の原理、単なる人間の怠慢により堕落しきっている! 我々こそが人類の最後の希望! 我々が為さねばならぬのは、他の誰もができないからだ!」

再び倉庫中に歓声が響き渡った。前以上の熱狂だ。ルーカスもそれに加わり、それにも関わらずニヤリと笑った。連中は明らかに狂っている。連中をやりこめても全く問題はないだろう。

「皆様は所以があってここに来た!」

メイソン神父は話を続け、木製の講壇の上をゆっくりと歩き回った。

「皆様は来る時代に人類を導くべく、偉大なるソー・セイティス様に選ばれた! ここに来たのは全くもって偶然などではない!」

メイソン神父はこう言ってすぐ、ルーカスの方をちらりと一瞥したように見えた。ルーカスはニヤニヤと笑い、先ほどの発言に皮肉を見出して面白がった。ルーカスはアリサの方に目をやった。アリサも歓声を上げて叫んでいると想像していた。しかし、アリサは静かに座り、不安そうに自分の手を弄っていた。

ルーカスは身を寄せて、アリサの耳元で囁いた。

「大丈夫ですか。少し緊張しているように見えますが」

「ええ? あ! いや、ちょっと不安なだけですよ。一度にこんなに色々あると理解が大変で」

「我々は自らの運命を切り開くための道具を持っている。だがしかし……道具は使われないままだ! 道具は隅に置かれ、埃が積もり、全くもって些細な状況で使われるばかり! 今こそ言う、こんなのはもう沢山! 産業革命以来、テクノロジーがそれほどに多くの人の生活を変えたことはない! 来る時代、私は人類を栄光へと引き込むつもりです、人類が望もうと望まなかろうと! 進歩を恐れる人がいるからといって、我々人類を苦痛に追いやったままにするのはもう御免!」

メイソン神父は話を止め、人々が同意して歓声を上げるまで待った。ルーカスにはメイソン神父が何を話しているのか理解できなかったが、立ち上がってメイソン神父を囃し立てた。ルーカスは熱心で頭が空っぽの崇拝者の振りを楽しんだ。

「ソー・セイティス様は我々に未来の道具とその道具を動かすチャンスをお与えになった! 我々はただ火に燃料を注げばいい。そのような機械を動かすのに必要な人的資源という名の燃料を。そういう意味で、我々は彼の地獄の機械を動かす度に、我々人類を駆動させるのです! それで、どうして我々が今夜ここに集ったか! 人類を進歩させるため、我々はこの機械を動かさねばならぬ! 我々はソー・セイティスという名の機械を動かさねばならぬ! これこそ我らが目的! 機械に燃料を注がねばならぬ! ソー・セイティス様に燃料を注がねばならぬ! 我々は彼の業の完遂を見届けねばならぬ!」

ソー・セイティスを称える声が飛び交う中、メイソン神父は壇上の長方形の物体から布を剥ぎ取った。そこにあるのは大きく奇妙な機械だった。それは大きな産業機械であり、数多くの剥き出しの回転する歯車が詰め込まれた鋼鉄の箱だった。側面には文字盤や計器が並び、その隣にはピストンや煙を吹き出すパイプが並んでいた。緩くなったワイヤーから火花が舞い、機械のてっぺん付近の煙突から靄が放出されて部屋を覆った。機械の側面には大きな回転するクランクがあり、大きな一続きの歯車やベルトに接続されていた。機械の末端の近くには投入口か何かがあり、人1人を押し込めそうなくらいに大きかった。金属と金属を打ち付けたカチンという音が響く中、その装置はくぐもったブンブンという音を発していた。

ルーカスは椅子に深く座り、目の前の光景を観察した。それ以外の人々は恍惚としており、椅子から跳び上がって件の機械に近づこうとする人もいたが、メイソン神父から追い払われていた。部屋はより濃くなった靄で充満した。聴衆の連なる声が上がるにつれて、機械が発する音も大きくなっていくようだった。アリサは椅子に深く座りつつも、壇上の機械を興味深げに眺めた。ルーカスは機械の目的について少し心配になったが、それをできる限り隠そうとした。周囲の人々はこれまで通り無害のままだが、ルーカスは目の前の機械の正確な目的を把握しているか不安になった。そんな不安を抱いていたが、ルーカスはこれから何が起きたとしても、新米信仰者の振りを続けることにした。周りの人々が本当は危険だったとしても、ルーカスには上手な立ち回りが必要とされていた。

「想像していたのとは違っていたりして?」

ルーカスがアリサに目をやると、アリサは苦々しげにニヤリと笑みを浮かべてみせた。

「イアンさん、わ、私、あなたは良い人だと思っています。ここに来たのは初めてだってのも知っています。でも、出ていった方がいいと思います。これから数分以内に起こることは、あなたは関与したくないことだと思うんです」

ルーカスはアリサを訝しげに見つめ、アリサが気付いた何かに不安を覚えた。それでもなお、ルーカスはとにかく残らなければならなかった。

「からかっているんですか。これから面白くなってきたところでしょ! 出ていきませんよ……もっと知らないと」

アリサは躊躇いつつも、首を横に振った。

「ここで働く力はあなたも私も太刀打ちできません。あなたはあいつらの言い分に関与したくないはずです」

ルーカスが返答できるようになる前に、メイソン神父が説教を再開した。

「さあ御覧なさい! こちらがソー・セイティス様、彼の地獄の機械です! 我らが同胞の中で彼の機械に加わる価値のある者は誰ですかな。彼の機械に燃料を注ぎたい者は誰ですか。自らの肉体を使って人類の進化を推進する力にするのです。自らの肉体を彼の歯車の上へ永遠の穴の中に投げ打ちたい者は誰ですか」

数多くの人々が跳び上がり、手を上げてそのチャンスを請うた。ルーカスは座ってじっとしていた。何が起ころうとしているのか恐れて、冷や汗が突然に吹き出した。メイソン神父は部屋中をじっと見つめ、様々な信者に指をさしては、首を横に振った。これが1分続いた後、メイソン神父は手を上げて、聴衆を静かにさせた後、説教を続けた。

「皆様の熱意に感謝します。でも、今夜は特別な機会。さあ、こちらには特別なゲストがいらっしゃいます。ソー・セイティス様は我らに肉体をお送りなさったのです」

人々の間で微かな騒めきが走った。ルーカスは座ったまま、機械に目を向け続け、疑われないように努めていた。ルーカスは自分の正体が割れていないと確信していた。そんなことはあり得ない。連中が自分が何者かを看破できるはずがない、きっと。メイソン神父は壇上を歩き回り、演壇の後ろに落ち着いた。メイソン神父はルーカスをまっすぐに凝視しながら話を始めた。

「そう、その人物は我らの内なる聖地に潜入したと思い込んでいるかもしれません。しかし、ここにいるのはソー・セイティス様が意思の働き。その人物は我々の元に送り込まれたのは、彼の機械の燃料となるためだけではなく、サンプルでもあります。我々が無為に浪費される力ではないことを示すための! ソー・セイティス様に力があることを示すための! 我々が人類の未来であることを示すための!」

ルーカスはハッと息を飲み、すぐに最寄りの出口を探すべく辺りを見回した。ルーカスとドアの間には30名の人がいた。数秒後にドアに向かって走れば、チャンスがあるかもしれない……。

ルーカスはアリサの方を見るために立ち上がったが、アリサも同じく椅子から立っていた。アリサはルーカスの方に移動し、手の中にあるかなりの大きさの拳銃を振りかざした。咄嗟の考えで、ルーカスはアリサに飛び掛かり、アリサが自分に銃口を向ける間を与えずに拳銃に手を伸ばした。アリサは驚いて叫び声を上げ、2人は床の上に倒れ、銃を奪い合った。アリサは拳銃を掴み、転がって離れようとしたが、ルーカスはアリサの腕を掴み、どうにか銃を奪い取った。アリサは怒鳴った。

「何やってんだあんた! 何もかもぶち壊しだ!」

「近付くんじゃねぇぞ気違いども!」

ルーカスは立ち上がると、騒動を調べようと立ち上がった近くの信者たちに拳銃を向けた。ルーカスはゆっくりとドアの方へ戻っていき、聴衆はルーカスに道を開けた。アリサは跳び上がり、ドアに向かって逃げ出そうとした。ルーカスはアリサの方に拳銃を向けた。アリサは立ち止まり、本能的に両手を上げた。

「おい、来るんじゃねぇ! 貴様ら全員そこでじっとしていろ!」

「この馬鹿!」

アリサは叫び、ルーカスの方へ移動した。

「私は連中の仲間じゃない! 私は……」

「おや! ジェームスさんがもう容疑者を逮捕してくれたようですな!」

メイソン神父の嬉しそうな声が部屋中をこだました。

「その女を私の方に連れてきなさい。あのラッド信者を連れてきなさい!」

ルーカスは混乱して銃を下ろし、後ずさりした。アリサは半狂乱になってルーカスの方に突進した。

「私を撃て! 撃て! 撃て! 頼む! 死んだ方がまし……」

アリサは叫んだが、ルーカスはさらに後ずさりし、状況を理解しようとした。

聴衆は2人の元に集まり、ルーカスの横を抜け、アリサの方に向かった。アリサは抵抗し、聴衆を蹴散らしたが、すぐに眼前の大勢の人々を前に圧倒された。アリサは金切声を上げ、取り囲む人々に猥語を浴びせながら、メイソン神父の元に引きずられていった。その間、ルーカスは「ラッダイト」を武装解除した功績を周囲の人から称賛され、背中を叩かれた。

「この機械主義者どもが!」

アリサは甲高い声で叫んだ。

「貴様らは偽りの存在に従っている。部品の動く箱なんぞに! この売女どもにラッドの呪いあれ! 貴様らの機械はただのなぁ……クソッタレの機械だ! 貴様らが勝ち取るのは無意味な死だけだ! このクソッタレの……」

4人の信者がアリサの四肢を抱え、聴衆の間を抜けてメイソン神父の元へ運んだ。他の信者たちは大混乱の模様を眺めていた。メイソン神父の元に辿り着くと、信者たちはアリサの腕と脚を縄で拘束し、口を布で塞いだ。アリサは噛み締めて、さらなる罵詈雑言を信者たちに浴びせようとしたが、メイソン神父の声がアリサの声を圧倒した。

「やはりだ! 我らの眼前にあるのはラッド信者! 淫猥なラッダイトが我らの活動と進歩を崩壊させに来た。この逆進者はソー・セイティス様にも敵がいないわけではないことを思い出させるためにいる。彼の機械の目的を妨げようとする者がいるとな。ラッド! ソー・セイティス様のはらからと、劣等たるその二人よ! この悪魔、このけだもの、この負の権勢……奴は彼の地獄の機械と直接相対するのは気が進まぬ。故に、奴は自分のために働く下僕を送り込んだ。ただ、下僕どももラッドが辿るだろうものと同じ運命に遭うのだ! 下僕どもは彼の機械のスイッチを切るという無意味な行いのために自身の命を捨てるのだ! 我らはそんなことは許さぬ! 我らは歯車を回し続ける! 我らはソー・セイティス様を満足させ続けるのだ!」

他の産業進化主義者たちは歓声を上げ、機械を動かすことを求めた。アリサが拘束を解こうともがく中、壇上の信者たちはアリサを持ち上げて、投入口の方へ運んだ。ルーカスは衝撃を受けて硬直していた。何が起きているのか把握しようとしていた。この事態はルーカスのせいだったのだろうか。もし俺があのようなことをしなければ……、いや、彼にできたことなど無かった。そのとき、ルーカスは武器を持っていたことを思い出し、ステージの方へ走った。メイソン神父の方に拳銃を向けて、アリサを開放するように信者たちに叫んだ。信者たちはルーカスを気に留めず、アリサを投入口に置いた。アリサは逃げようともがいていた。アリサはルーカスの方を見て、恐怖で目を見開いた。アリサは何かを言おうとしたが、言葉を発することはできなかった。メイソン神父はクランクの方に移動したが、ルーカスは銃口を向け続けた。

メイソン神父は立ち止まり、ルーカスにニヤリと笑みを浮かべてみせた。

「ジェームスさん、ゴホン、すまない、ルーカス君、それを下ろしてくれたまえ。おっと……そんなに驚くな! 彼の機械は様々なことを教えてくれる。君が誰か知っているよ。君がここで何をするのか知っている。ただ、もっと重要なことがある。私が君が次に何をするか知っている。君はこの件に関与していない。君はソー・セイティス様とラッドとの戦争なぞ関知していない。我々のグループについても知らなければ、我々の敵もな。君は『カルト集団』が……正確ではない言い方だが……『生贄』を捧げようとしていると思っている。また正確ではない言い方をするが……若い女を機械の悪魔か何かに捧げようとか、そんなことをな。君の役割は第三者、つまりは警察、英雄だ。君は女を救い、我々を獄中にぶち込みたいと願っている。君はこの上なく高潔だ。だが、君は知らない。ソー・セイティス様がどのように機能するかをね。これを見たまえ」

メイソン神父は顔を覆う灰色の斑点に指さした。

「これは骨折りの証であり、摩耗の証でもある。ソー・セイティス様が私の肉体をその力を行使する器として使うことを示す。言うなれば、憑依の証だ」

「なぜそんなことを俺に話す。さっさとアリサを機械から離せ。さもないと……」

「なぜ? なぜか、君の手を見たまえ! 前に握手したのは非常に有益だったな。協定の証のようなものだ!」

ルーカスは銃口をメイソン神父に向け続けながら、片手を自分の顔に近づけた。メイソン神父の顔を覆うものと同じ病気のような斑点が、今やルーカスの手や腕をも覆っていた。ルーカスは銃を下ろし、もう一方の腕も調べた。同じように斑点に覆われていた。ルーカスはどうしようもなくメイソン神父を見つめた。

「お前……き……気分が」

実際、ルーカスは吐き気を催させる存在が体内に根付いたことを感じた。ルーカスはよろめき、倒れそうになったが、機械に対して身構えた。アリサは何かをルーカスに向けて叫んだが、突然に金属が擦れ歯車が回り、聞こえなかった。ルーカスの頭蓋骨の内側で、蒸気がシューッと音を立て、コンベアがガタガタと鳴った。ルーカスは自分の状況を把握しようとしてた。ルーカスは手を伸ばし、自分を引き上げようとした。手は機械の横のクランクの方へ伸びた。ルーカスの視界がぼやけ、実在のものか定かではない煙が視界を妨げた。

「クランクを回せ、ルーカス君。機械を動かすのだ」

メイソン神父の声がルーカスに聞こえた唯一のものだった。メイソン神父の声はあまりにも威厳があり、あまりにも断固としていて、あまりにも冷酷だったから、ルーカスはクランクを回した。クランクを回さねばならなかった。機械を動かさねばならなかった。ソー・セイティス様に燃料を注がねばならなかった。選択肢はなかった。

ルーカスはクランクを回し始めた。機械が轟音を立てて動き出し、歯車が回転し、歯車同士が擦れ合ってギシギシと音を立てた。蒸気が外へ出て、ピストンが上下し、コンベアのベルトが回り始めた。機械の内側のどこかからくぐもった叫び声が聞こえたが、ルーカスは黙殺した。クランクを回し続けることが必要だった。少し経つと、機械は違う音を出し始めた。金属同士を強く叩きつける音や擦り付け合う音の代わりに、金属をこれまでよりも一層柔らかいものに叩きつけ、容易く押しつぶす音が聞こえた。何かが歯車の間に囚われており、歯車は回転し続けようと頑張っていた。蒸気はもはやシューッという音を立てていなかった。パイプからは新たに液体がただポタポタと零れ出て、装置の下に溜まっていた。これまでよりも一層不快な臭気が倉庫に立ち込めた。肉、石炭、アリサから絞り出された何らかの体液がルーカスの鼻腔に浸透した。ルーカスは吐き気を堪えつつ、クランクを回すことに集中した。

苦しみの絶叫が徐々に消えていくにつれて、建物全体の温度が上がっていった。クランクはだんだんと回しにくくなっていった。ルーカスが機械の中の何かと奮闘しているかのようだった。ルーカスは力を込めてクランクを回し続け、暑い空気が吹き付けるのを感じた。汗が顔の上を流れ落ちた。機械の中を刃が回転し、ドリルが骨と肉に穴を空けた。ルーカスはアリサがすぐに絶命していることを願っていた。そうでなければ、機械が文字通りに身を裂く苦しみを味わうことになる。しかし、ルーカスはクランクを回す手を止めなかった。とにかくクランクを最後まで回さないといけないと知っていた。

ゴーンという鐘の音が鳴り、ピーという音が鳴り響いた。クランクは動こうとせず、ルーカスはクランクを手放し、床の上に崩れ落ちて頭を抱えた。背景で遠くから歓声が聞こえたが、頭の中の痛みに集中した。クランクはもう回していないのに、機械の音が残り続け、精神の中で音は大きくなっていった。血管の中を蒸気が流れるのが感じられた。床の上を手探りして、歯車の歯が頭蓋骨の中で押し込まれると、腕の滑車が回転した。肉体が石炭や燃料を消費すると、胸の中で炎が唸った。ルーカスは止めようとしたが……ああ、止めなくては……ああ、どうして止まらない……俺は機械ではなく人間だ、人間だ、人間だ、人間だ……。

「止めたいのかい、ルーカス君」

メイソン神父はルーカスの思考を読んだかのようだった。

ルーカスはその言葉を声に出して言っていたことに気付いていなかった。ルーカスは小声でモゴモゴと何かを呟いた。

「止めてくれ」

しかし、その声は機械の音が響く中で聞こえたかはっきりしなかった。

「彼の機械に入りなさい、ルーカス君」

メイソン神父はルーカスを優しく導いた。その通り、俺が行かねばならない場所だ。より大きな機械の中へ。俺も同じく機械である……はず。自分の部品をより大きな機械に与えるのは意味が通る。とにかく目標を完遂する必要がある。燃料を、燃料を、燃料を! 機械は燃料を求めている! 俺が燃料だ! そのはずだ。ルーカスは既に自分の中にあるあの機械の存在を感じていた。腕にある灰色の斑点は印だ。機械としての刻印。俺には欠陥がある。改良が必要だ。時代遅れの旧式ではいたくない。ルーカスは投入口に入って待った。何も起こらなかった。クランクを回さなければ! しかし、俺にはできない。人間が必要だ。俺はもはや人間ではない。

「心配するな、ルーカス君。もうすぐにソー・セイティス様と一緒になるよ」

それは最高だ。ソー・セイティス様は俺を理解し、俺を庇護し、俺が必要なものを賄ってくれるだろう。結局のところ、俺も機械なのだ。お互いにとって完璧だ。

「感銘を受けたよ、ルーカス君」

メイソン神父がそう言い、クランクの横に立った。

「ほとんどの人は憑依されると発狂する。でも、君はそうじゃなかった。君の意志はかなり強い。そして、君にはソー・セイティス様とともにある場所がある。君は知らないことだが、この機械はソー・セイティス様ではない。これは搬入口だ。ソー・セイティス様は君の想像を超える壮麗な方だ。ソー・セイティス様万歳! 彼の地獄の機械よ!」

メイソン神父の言葉が部屋の中の他の人々により繰り返された。しかし、ルーカスはそうしなかった。ルーカスはソー・セイティスの抱擁に備えた。メイソン神父がクランクを回すと、ルーカスは機械の下の方へ滑り落ち、ソー・セイティスの真の全貌を一目見た。

ソー・セイティスという機械は地下を遥かにわたって広がっていた。縁は動く部品や機械で埋め尽くされていた。それには肉の小片がくっついており、知覚を有するように見えた。それは歯車の間で息をしていた。それは歯車の間からルーカスを見た。歯車の間からルーカスに話しかけた。しかし、ルーカスはより深く理解していた。それは機械に他ならない。それには生命は無い。ルーカスは自分が重要であると分かった。自分の力でこの機械を動かし続けられる。その機械の目的を達成させられる。その目的が何であっても。ルーカスは数時間かけてその装置全体の中で処理された。そうなる前に、ルーカスはメイソン神父の言葉に同意した。それは自分の想像を超える壮麗なものだ、と。

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