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新NISA、「一括」vs「積立」論争の不毛さ

始めに

今年からNISAが刷新され非常に話題となっていますが、みなさんもう始めていますか?

新NISAは成長投資枠とつみたて投資枠の合計で簿価1800万円まで配当・分配金・譲渡益等が非課税になるという制度で非常に魅力的だ。「今すぐ始めなきゃもったいない!」なんて煽り文句がつけられた記事も多くありますが、なかなか踏み出せない人もいるんじゃないでしょうか。

投資は怖い、資金がない、知識がない、色々理由はあると思いますが、今回は「積立投資と一括投資どちらがいいのかわからない」という人向けにnoteを書いていきたいと思う。

このnoteを書くきっかけになったのは2024年2月7日に公開されたニッセイ基礎研究所の記事です。

この記事の概要はこうだ。

2000年1月~2023年11月まで、年間投資額12万円を「1月に一括投資した場合」と「毎月1万円つみたて投資した場合」の23年11月末時点の資産額を比較したところ一括投資の方が多かった。また、投資開始時期を2000年から2023年まで一年ずつずらしても2002年開始と2008年開始以外は一括投資の方が有利であり圧勝だった。

この後、S&P500とオルカンを比較してどちらがいいかは結局「好みの問題」だと述べて終えている。一見もっともらしい分析に見えるが、実際は穴だらけだ。このnoteの目的は、この「一括」vs「積立」論争のどこに問題があるのか整理することである。


「一括」vs「積立」論争の問題点

問題は全部で5つある。

1. 前提条件の欠落

この論争には明確に述べられていない前提条件がある。それは、投資資金はあらかじめ確保されていて、問題はそれを一括で投資するか、分割して積立投資するかの違いだということだ。

この「あらかじめ確保されている」というのが重要だ。積立投資をする場合、まだ投資されていない資金(未投資資金)は元本保証・金利0%の現金として保管されていることになる。ノーリスク・ノーリターンの金融資産だ。(厳密にはノーリスクではないが…)

この暗黙の前提に立つと、一括投資は最初からハイリスク・ハイリターンな資産構成(ポートフォリオ)になっているのに対し、積立投資は年初は現金が多いローリスク・ローリターンな資産構成で年末にかけてハイリスク・ハイリターンな資産構成に緩やかにシフトしていくことになる。

図1. 一括投資の資産構成推移
図2. 積立投資の資産構成推移

金融用語では、リスクとは得られるリターンの振れ幅を意味する。ローリスク・ハイリターンなもの(うまい話)はないという戒めでもあるが、これはつまり、より多くのリターンを得たければより大きいリスクを取らなければならないということだ。

何が言いたいかというと、この場合だとより大きいリスクをとっている一括投資の方が儲かりやすいのは当たり前、ということだ。検証するまでもない。資金投下方法の問題ではなく、投資対象の問題だ。そういう意味では現金保有も広い意味での投資(資産運用)であるという認識が欠けていると言える。

2. 評価方法の誤り

冒頭で紹介したニッセイ基礎研究所の検証では最終的な資産総額の多寡でパフォーマンスを評価していた。

資産運用のパフォーマンス評価に用いられる指標はいくつかあるが、この評価方法は、年平均資産成長率(Compound Annual Growth Rate: CAGR)の考え方に近いものだ。これは運用資産がどのくらいのペースで増加したかという数字で、目標の資産額をどのくらいで実現できそうかを推測するのに役立つ。資金投入による資産額増加も指標の計算に影響するので、同じ金額の資金投入であれば資産総額が小さい時の方が影響が大きく、数字が良くなる。そのため投資(運用)方法そのものの評価には向いていない。

資産運用のパフォーマンス評価でよく用いられるのは、時間加重収益率(Time Weighted Return Rate: TWRR)や金額加重収益率(Money Weighted Return Rate: MWRR)などがある。後者は内部収益率(Internal Return Rate: IRR)とも呼ばれる。詳細な計算方法などは別のnoteにまとめようと思うが、それぞれポートフォリオの評価とファンドマネージャの評価に役立つとされる指標だ。先の検証をこれらの指標で評価した場合、投資対象商品が同じであるためほとんど同じ評価になるはずだ。

そう、よくある「一括」vs「積立」論争は評価方法を間違えているのである。

3. 成立しない対立構造(そもそも両方積立投資)

根本的な問題もある。それは、そもそも両方とも積立投資であり「一括」vs「積立」の構造になっていないことだ。

ニッセイ基礎研究所の検証で「一括投資」として扱われているものは毎年12万円投資している。2000年〜2023年の24年間の投資なら24回資金を投入していることになる。これはれっきとした積立投資だ。

では「積立投資」の方はどうか。これは問題点1で述べた通り、年初に12万円投資することができるものの、あえて毎月1万円投資する方法である。これは積立投資というより「分割投資」とでも呼ぶべき方法だ。

本当に一括投資と積立投資を比較したいなら2000年に 12万円 x 24年間 = 288万円 投資する場合と毎月1万円ずつ積立投資する場合を比較しなければならない。もっと言うと厳密には積立投資の毎月の投資額はインフレ率を考慮して少しずつ金額を上げなければ公平な比較とは言えない。

4. キャッシュフローの無視

仮に正しく一括投資と積立投資を比較したとしても、キャッシュフローを全く考慮せずに無視しているという点でこの論争は非現実的で不毛だ。

投資で金融資産を増やそうとする人は、仕事をして収入を得ている人が大半だろう。普通に考えて、ある時点で一生分の投資資金を用意できる人はいないし、それ以降全く投資に回せるお金が発生しない人もいない。定年退職までにNISAの非課税枠を埋められることと、NISAを始めるタイミングで既に1800万円持っていることは全く異なるし、非課税枠を使い切ったらもう投資しないとなるとは思えない。いわゆるFIREのように運用益以外のキャッシュフローが不要な状態には程遠いからだ。

このキャッシュフローの視点が欠けてしまっているのは、資産形成とトレードを区別できていないからではないかと思う。

資産形成は老衰や疾病により労働による収入が得られなくなる時に備えて資産を蓄えておくという側面が強い。あればあるだけ安心に繋がるものであり、余裕資金を可能な限り増やしておくという目的意識がある。すると資金ができる度に利回りの良い金融商品を買い続けることになるだろう。NISAは資産形成のための制度であり、この考え方と親和性が高い。

一方でトレードは、安い時に買って高い時に売る、を繰り返しタネ銭をどれだけ増やせるかというゲーム的側面が強い。この場合、タネ銭を外部から追加するのはルール違反のようなものであり、あるタイミングで一括で買うか時間的に分散して買う(積立)かは重要な争点になる。とはいえ、トレードの考え方だと短期的に価格が激しく上下する金融商品を頻繁に売り買いする方が利益が大きくなるので、時間的に分散して購入し続けるという発想は皆無だろう。

つまり、一括投資か積立投資かという論争はトレードの考え方を資産形成に持ち込んでしまったことで起きた無意味な争いなのだ。お金を増やすという目的だけを考えればトレードの手法を使っても良いが、最初に一括投資して放置、というのはどちらにも属さない中途半端なやり方だ。だいたい、常にオールインしているギャンブラーなんていないだろう。

5. NISA制度との不整合(非課税枠を使い切れない)

もっと根本的な問題もある。それはNISAを利用することを考えるなら、年初に一括投資という方法では非課税枠を使いきれないという問題である。

成長投資枠とつみたて投資枠は合計で1800万円だということを知っている人は多いと思うが、その内訳を誤解しているかもしれない。つみたて投資枠の上限は1800万円だが、成長投資枠の上限は1200万円しかない。つまり、つみたて投資枠を最低でも600万円分利用しないと非課税枠1800万円を使い切ることができないのだ。

成長投資枠は年間240万円の条件を満たしさえすれば、金融商品をいつ購入しても構わない。年初に240万円投資してもいいのだ。しかし、つみたて投資枠は違う。つみたて投資枠は毎月または毎日投資するように設定するもので、基本的には月10万円積み立てれば上限になると理解されている。つまり、年初に一括投資という方法ではつみたて投資枠を利用できないので、非課税枠を使い切れないのだ。

ただ、毎月の積立上限額は私が金融庁のサイトを見た限りは確認できなかった。この積立額はいつでも変更でき、停止と再開も自由に行えるため、年初に120万円投資してすぐに積立額を0円にするという方法が使えるかもしれない。さすがにそんな裏道は潰されていると思いたい。

NISAはコツコツ資産を形成することを念頭においた制度であるため、一括投資とは相性が悪いのだ。とは言っても、繰り返しだが一括投資も結局積立投資であるので、年一投資か月一投資かの議論は毎月投資か毎日投資かの議論と本質的に違いがない。年初の一括投資にこだわる理由はないだろう。

結局どうすれば良いのか

ここまで「一括」vs「積立」論争の不毛さについて述べてきたが、結局どうしたらいいのかわからなくなった人もいるかもしれない。

この論争は「最初に投資資金を確保できている」という前提に立っていることが全ての過ちの元凶になっている。この仮定の上では一括投資した方がいいに決まっているのだ。裏を返すと、投資資金が確保できた時点でさっさと投資した方がいいということができる。

つまり、資産形成を始めるなら現在投資に回せる余裕資金を最初に全て投資し、追加で投資資金ができたらまた投資する、というサイクルを回し続ければ良いということだ。毎月一回月給をもらう人が多いことを鑑みれば、毎月投資がちょうどいいことが多いだろう。ボーナスをもらった月は少し多めに、としても良い。手間と金額規模を勘案して好きな頻度で積み立てるのが最適な考え方になると思う。

終わりに

ニッセイ基礎研究所をこき下ろすようなnoteになってしまったが、実はこの記事の執筆者もここで述べた内容はわかっているのではないかと思う。元の記事を注意深く読むと、きちんと検証方法は記載されているし、一括投資の方が「有利」になるという微妙な書き方をしているし、リスク選好度に応じて好きに投資対象を選べばいいと述べているので間違ったことは書いていないと言えばその通りかもしれない。誤解を招く書き方ではあると思うが。もしかしたら、よくわかっていない人をそれとなく正しい方向に誘導するための記事なのかもしれないが、わからない。

最後にお決まりの文言だけ書いて締めとさせていただきます。ここまで読んでくださりありがとうございました。

このnoteは特定の金融商品を推奨するものではありません。投資は自己責任で行ってください。

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