バツ印
バツ印
寝返りをうった時だった。左腕の肘付近に✖️印があった。誰かに悪戯でマッキーペンの落書きをくらった覚えはない。というより、インクや汚れではないのだ。ホクロのように身体から自然にできる黒。どちらかというと✖️型のアザに近かった。俺は気にせずに二度寝をすることにした。
起きた時には昼になっていた。腹を満たそうと家を出た。すると、つまずき派手に転んだ。対してダメージはなかったが、受け身を取ったせいで肘の部分を擦り剥いた。ちょうど✖️印のあたりだ。俺は✖️が夢でなかったことに気づき、少し気にかけた。
しかし、次の瞬間、不注意は続きアパートの階段か落ちてしまった。急激に恐ろしさが込み上げ、ズキズキと痛んだ右足の膝を見ると、やはり✖️印があった。今度は起き上がる前に✖️を探した。少し異様な光景になってしまったが、構わず服を脱ぎ✖️を隅々まで探した。上半身、下半身ともに入念に探したが見当たらなかった。とにかくこの事態を伝えなくてはと彼女に電話しようとケータイをバックから取り出した。電源をつけようとすると、✖️が目に入った。爪だった。右手の人差し指の爪に✖️はいたのだ。恐ろしくなり、その日は一日家で安静にしていたが、案の定爪は綺麗に剥がれた。
これでは一生安心できないと思い、友達や家族にまで相談した。が、全く解決しなかった。なぜなら、✖️は誰にも見えないのである。これでは医者にも見せようにも、恥晒しで終わってしまう。しかし、✖️も毎日のように現れるわけではなかった。そのため、一人で戦うことにした。
✖️生活にも少しずつ慣れ、五年近く経とうとしていた。✖️の法則も見えてきた。✖️印が現れたところは必ず怪我をする。ただし、怪我を軽減することはできた。あらかじめ包帯をしておいたり、手に現れた時は手袋をした。✖️は大きいほど怪我は重症かつ、広範囲に及ぶ。一度、左肩全体的に✖️ができた時はバイト先の居酒屋で油をかぶり、大火傷を負った。それ以外は特に目立って大きな✖️が出来ることもなく、ある程度平和に健康に生きれた。✖️のおかげで怪我の位置はある程度把握できたのである。
しかし、思いもよらぬことが今日、人間ドックで起きたのである。胃カメラをした時に確かに見えたのである。モニターには無数の✖️が映っていた。✖️が見えない医者は、異常なしと言っていたが、必ず胃は悪いのである。五年間、良くも悪くも共にすごした✖️印は医者よりも信頼できた。医者を説得したが、医学部卒でもない俺を信じるはずがない。医学的根拠がなくては、治療もされない。頼みに頼んだ結果、なんとか入院することを許可された。入院生活は退屈そのものだったが、命を守るための投資のようなものだと考えれば苦ではなかった。
数ヶ月経つと、少しずつ胃が悪くなり始めた。医者は不思議がり、俺に謝罪をしてきたのち、正式な治療に入った。前代未聞の早期治療により、胃はそれほど悪くならずに済んだ。何回目かの検査の際には、✖️印はほとんど薄くなっていた。
病院のベットで俺は悟った。もしかしたら、この✖️印は神が与えたお守りなのかもしれない。最初こそ、恐怖でいっぱいだったが、今では最高の処方箋だ。俺は久しぶりに安心して眠りについた。
朝、目覚めると体の調子が特に良い気がした。まさかと思い、身体中を探したが、✖️印は一切なかった。今日の病院でのまずい朝ごはんも美味しく食べれそうだ。
看護師さんが決まった時間に朝ごはんを運んできてくれる。
「おはようございます。今日は何味のお粥なんですか?」
気前よく看護師さんに挨拶をかわした。
「はい、今日は野菜が少し入ったお粥ですよ。醤油と塩はかけすぎないでくださいね」
優しい声で答える看護師さんの顔を見て、俺はゾッとした。顔に大きく✖️印があるのだ。
「続いてのニュースです。今夜の流星群は三十五年ぶりのもので、、、」
ニュースのキャスター、街ゆく人々、全ての顔には大きな✖️印があった。
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