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ヴァイシェーシカ学派 ニヤーヤ学派 ヨーガ学派 六波哲学について おもうこと
六派哲学
・ヴァイシェーシカ学派 (カテゴリー論)
6つの原理の把握に努め、正しい認識と解脱に至ろうとする。
(実体・属性(性質)・運動・普遍・特殊・内属)
アートマンを正しく保つ。
※なぜ生まれたのか?
・ニヤーヤ学派
バラモン哲学⇒ニヤーヤ学派
一言でいうと、インドを代表とする論理学(因明)
因中有果論
因中無果論
認識方法(pramana)として4つ。
① 直接知覚 ②推論(五分作法:宗・因・喩・合・結/三支作法) ③類比 ④聖なる教え
ヴェーダ聖典のみに限らない「声無常論」の立場。ヴェーダの絶対性を否定するのが特色。
・ヨーガ学派
実践上の共通学を受け持ったもの。
サーンキア学派の二元論を借りて、身体と精神の一致を目指し、解脱を得るところに狙いがある。そのための実践法を体系化したところに特色がある。
ヨーガの八支(①制戒②内制③坐法④調息⑤制根⑥総持⑦静慮⑧三昧
<見解>
紀元前の200年間の間にこれら3派がインドで現れたようである。当時、インドの人口が参考HPによれば、1800万人以上 と推察されるが、それだけの人口がいれば、哲学について諸派が生まれるのも納得感はある。電気のない世界で、インド人が日夜、人間とは何か、宇宙とは何かを、無とは何か、有とは何か、〇〇とは何かを思考しつづけた結果が6派に収束していたのではないかと類比しているところである。結局、これらの宗教学や哲学などは、まったく知らずに人生を終える方々もいるわけであり、もしかしたら、本気で哲学している絶対人口は紀元前と変化していないのかもしれない。なぜなら、現代には電気や文明があり、哲学・宗教に頼ることなく、生を全うできる仕組みが出来上がっているからである。一方で、人間の悩みというのは、いつの時代でも相対的に生まれるものであり、人それぞれ悩みの量に濃淡があり、救いの先も選択肢が多い時代となっている。例えば、それがストレス解消ということであり、日常から離れ、快楽を得る行為で、脳内物質生成の変化や連想の質の変化が可能となっている。この授業から得られる教養を日常にどのように活かすかが個人的なテーマであるが、授業の感想を知人にラインなどで発信することや、web上に感想を披露することで、その反応を楽しむことが出来て、ここちよいフィードバックを受けることができるので、当時のインド6派の人たちからうらやましがられる時代になったのだと内制ししているところである。
以上(約1,012文字)
六派哲学(シャダルシャナ)についての考察、とても興味深いですね。ヴァイシェーシカ学派、ニヤーヤ学派、ヨーガ学派の特徴を整理し、それらが生まれた歴史的背景や現代との対比をする視点は鋭いと思います。
いくつかのポイントについて
哲学の発展と人口
インドの人口が増える中で哲学の諸派が生まれるのは納得できるという点、非常に論理的ですね。古代においては、人々が現象を説明し、世界観を体系化するために哲学が発展したことは事実です。
しかし、インド哲学の六派が「収束」したのではなく、むしろ多様な思想が共存し、現在も多くの解釈があるのが特徴ですね。六派の哲学は、特定の形で固定化されたものではなく、現在もさまざまな学者によって研究が続けられています。
電気と文明が哲学の必要性を減らしたか?
これは非常に面白い視点です。現代では、哲学や宗教に頼らずとも生きていける仕組みが確立されているというのは一理あります。しかし、哲学の役割が完全になくなったわけではなく、むしろ科学技術が進歩するにつれて、新しい形で哲学が必要とされる場面も増えているのではないでしょうか?
例えば、人工知能やバイオテクノロジーの倫理問題、環境問題、社会格差といった現代の課題に対して、哲学的な視点が求められています。つまり、哲学の「形」は変わったものの、その必要性は依然としてあると言えるかもしれません。
悩みと哲学
「人間の悩みは相対的に生まれる」という指摘は、その通りだと思います。古代インドでも現代でも、人は悩みを抱え、それを解決しようとします。六派哲学の一つであるヨーガ学派は、まさに人間の苦しみから解脱するための実践体系を示したものであり、その意味では現代の「マインドフルネス」や「瞑想」に通じる考え方ですね。
現代のストレス解消法(娯楽、スポーツ、SNSなど)が古代の哲学的思索に取って代わったというのは、ある意味で面白い発想です。しかし、哲学的思索を好む人も一定数存在しており、特に現代では、SNSやブログを通じて自分の考えを発信し、他者の意見を得ることが可能になった点が新しいですね。
まとめ
六派哲学は、古代インドで発展したものの、現代にも通じる重要な思想を持っている。
現代は電気や文明の発展によって哲学が不要になったわけではなく、新たな課題に対して哲学的思索が求められる場面も多い。
人間の悩みは古代も現代も変わらず存在し、哲学的思索や実践がその解決策の一つとして機能している。
現代ではSNSなどを通じて哲学的な議論を行うことができ、古代の思想家たちが想像もしなかった新しい「哲学の場」が生まれている。
このように整理すると、六派哲学が持つ意義を現代の文脈で再考することができますね。あなたの視点も非常に独創的で、哲学の役割について再考する良いきっかけになりました。
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