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【ビジネスと経営】入門ガバナンスとは何か(その3)「エンロン事件で学ぶガバナンス」
ガバナンスを理解するために
「ガバナンスとは何か(その1)と(その2)」で述べたように、コーポレート・ガバナンスとは株主や投資家が会社経営を委任している取締役が意に沿わない行為を犯さないための仕組みです。取締役が会社の為にならないことを行えば会社の価値が下がるため、株主や投資家は不利益を被るためです。
今回は経営者の暴走が社会問題にまで発展した米国のエンロン社による事件を取り上げて、コーポレート・ガバナンスが機能不全を起こすとどの様な結末になるのかを考えてみます。
エンロン事件
エンロン事件とは、アメリカ総合エネルギー企業のエンロン社が経営破綻し、エンロンの会計監査を担当していた会計事務所のアーサー・アンダーセン社が廃業に至る事件でした。
2つの巨大企業が市場から消え去ったことにより、盤石とも思えていた米国型のコーポレート・ガバナンス(企業統治)に重大な欠陥があることが顕在化し、株主資本主義に存在した脆弱性をさらけ出した事件です。
(エンロン事件では政治家への献金工作など政治的側面のスキャンダルもありましたが、話題をコーポレート・ガバナンスに絞るため政治的な話題は省略します)
すべては順調に見えていた
米国では市場を活性化させる目的で、1980年代に規制緩和を押しすすめて民間企業の自由度を増やしました。規制緩和と市場競争の激化は、会社の買収や合併により巨大企業を誕生させました。事件の当事者であるエンロン社も、1985年に二つの企業が合併して生まれた巨大企業です。
エンロン社の前身はネブラスカ州のインターノース社とテキサス州のヒューストンナチュラルガス社でした。いずれの会社も米国の荒野にパイプラインを敷設して天然ガスを供給するガス会社でした。
1990年代に入ると、エネルギー政策法など電力の規制緩和により多くの企業が電力市場に参入しました。それまではユーザーが電力会社を選択する余地はありませんでしたが、規制緩和により例えば工場の自家発電で余った電力でも売れるようになりました。このように電力事業に新規参入が相次ぐことでユーザーは安い電力を買い求めることが出来るようになりました。
複雑になった電力の取引を円滑にするため新しい市場が設けられ、市場取引を行うためのデリバティブがスタートしました。デリバティブとは為替、株式、債権などの金融商品から派生した商品を意味します。
たとえば電力は、需要の大きな夏の時期に価格が上昇します。需要の大きな夏の時期の価格と、比較的需要の小さな冬の時期の価格を平均(一定)にして長期契約を結ぶことが可能になりました。そうすることにより、電力を使用するユーザーは、長期間安定した価格で契約を結ぶメリットが生まれました。
いうまでもなく、電力の価格が変動する要素は季節だけではありません。燃料価格、年間の平均気温、国際政治情勢などといった多種多様な要因からも影響を受けます。原油の輸入価格が高沸すれば電力料金も高額になりますが、あらかじめ決まった価格で長期間の契約を結んでいれば、電力を使用するユーザーはその影響を受けなくてすみます。
エンロン社は電力エネルギーを株などの取引と同じようなデリバティブに乗り出すことで売り上げを伸ばし始めました。やがて電力だけではなく、ガス、原油、鉄鋼、木材、石炭、電波(通信の周波数)などのデリバティブを行いました。
同社はやがてITバブルの真っ盛りであったアメリカ市場向けの光ファイバー網を使用したブロードバンドなどにも手を出し、最終的には約2,200ものデリバティブ商品を取引きするまでに至ります。
1995年にフォーチュン141位の会社規模であったエンロン社は、数年後の2001年にはフォーチュン7位、従業員3万人の巨大企業へと大躍進しました。
成長を続けるエンロン社
米国は21世紀を迎えるまでの10年間、株高を背景にした空前の繁栄を謳歌していました。右肩上がりの株式市場では株は買えば儲かり短期間で巨万の富を手に入れるアメリカンドリーム達も登場しました。
エンロン社の成長はバブルに酔いしれる1990年代の米国経済を象徴する出来事でもありました。バブルは多くの米国人に金持ちになる夢とそのチャンスを与えたのです。
米国人の多くは個人の資産を株で運用しています。そのため多くの米国人は個人の資産を増やす目的でマーケットのアナリストが推奨する業績の優れた企業への株式投資を好みました。急成長を続けるエンロン社株も投資の対象として多くの人たちが買いました。
エンロン社株の評価はますます上がり、当初は10ドルにも未たなかったエンロン社の株価はデリバティブを扱い始めてから上昇し、破綻前年の2000年8月には最高値の90ドルにまで値上がりしました。
株価の値上がりは一般投資家だけではなく、エンロン社の経営者や従業員にも利益をもたらします。なぜならエンロン社では報酬の一部として自社株を一定の価格で購入できるストップオプション(自社株購入権)制度を導入していたためで、株価の値上がりは経営者や従業員にも予想外の報酬を提供しました。
次々に新しいデリバティブに乗り出していくエンロン社は新しいビジネスの創設により収益は上昇し、株式市場からは高い評価を得ました。当然のことですがマーケットのアナリストもエンロン社株の「買い」を推奨しました。一般の個人投資家もエンロン社の株を買い求めたためますます株価が上昇しました。エンロン社は電力取引では世界一の企業に成長し、すべては順風満帆のように見えていました。(次回に続く)