サヨナラじゃなくて、ありがとうを叫んで帰れる場所へ〜ミリオンライブ
最近どうしてもテーマを立てて書きたい文があって、けれど最近は日記ばかりを書いていたから、ひとつのことについて深掘りするのが下手になってるなと感じて書いては消して、書いては消してを繰り返していた。
そんな悩みのブレイクスルーになった、いや、ブレイクスルー以上の感覚を思い出させてくれたのは、かつての古巣。
ここから書くのは、このツイートのいちばん最後の行。
「THE IDOLM@STER MILLION LIVE! 10thLIVE TOUR Act-1 H@PPY 4 YOU!」そのDay1について。
シンプルに良い、悪いという判断しか出来なかった、よく言えば「純粋な」、悪く言えば「量産型の」オタクだった僕の性根をひん曲げて今の状態にした大元凶のコンテンツ、アイドルマスターミリオンライブ。
超が付くほどのド田舎育ちなのも手伝って周りにはそんなコンテンツを知ってる奴なんか誰もいなかった始めたてのころから比べたら、この同じものに、それぞれのタイミングで出会った知り合いもずいぶん増えていたし、このコンテンツ特有の「ライブ」や「ゲーム」を通して楽しい時間を過ごした思い出も募っていた。
そんな場所を、「手放したい」とはじめて思ったのは、いつだっただろうか。人間というものは都合よくできているから、その「負」の感情の起点はもはや全く記憶にないけれど、2022年の2月から6月にかけて、どうにか言語化して折り合いをつけた。
この時の日記は、「ここから出会う新しい好きなものへのポジティブ」や、「コンテンツから離れても受け入れてくれる友人たちへの感謝」で頑張って畳んだのだが、気持ちは表裏一体で、コンテンツを追い続けている自分という「if」に悩まされていた。
この日記の元凶となったライブから約一年経った今年の1月、このコンテンツにとって大事な大事な場所、日本武道館でのライブ。折るとピカピカするオレンジ色の棒を届けに立ち寄った場所で感じた息苦しさは思い出すたびに締め付けるような痛みを運んでくる。
この場所にウキウキして入っていく自分も居たんだろうな、、、
彼はどんな気持ちを持っていたんだろうな、、、
自分のことなのに思い出せないこのモヤモヤは新しい「楽しい」で塗り替えるしか方法がない、そう考えていた。(そんな気持ちを持った日の夜に出会ったのが「さとりモンスター」なのもまぁ出来すぎたタイミングで、この日の痛みを忘れられた、っていう出来事があるんだけど、それは別の話ということで)
話を戻して今回のライブ。
どんどん「楽しいもの」を見つけていくモードに入っていた自分に少しだけブレーキをかけて、自分の昔「好きだった」ものに真正面からぶつかった一日だった。そしてライブも期待に応えるかのように、「好きだった」頃を思い出させるかのようなセットリストだった。
この日の目標は大きな声で「ありがとう!」と叫んで退場することしかなかったから、初手からその言葉を叫んで退場欲求を掻き立ててくれた「Thank You!」。
中の人は本当に大嫌いで生理的に受け付けないんだけど、キャラクターを、春日未来を演じているときだけは「この人しかいない」と心から思わせてくれる「素敵なキセキ」。
丸3年は聴いていなかったのに歌詞を完璧に丸暗記して叫び歌った「Eternal Harmony」。
「青に染まる」という歌詞に対して「うるせぇ!!!!!」と叫びながらオレンジ色のポキポキした棒を数年ぶりにへし折って身体を揺らしまくった「Blue Symphony」。
ただひたすらに目を閉じてKOHという神様の音を腕組みしながら浴びていた「bitter sweet」。
LTDシリーズでダントツに好きすぎて、イントロから終わりまで考えられないくらい気持ちの悪い動きをしてしまった「fruity love」。
ここにあげた以外の曲も全てが思い出の爆弾を抱えて僕という国の領土を制圧しようと特攻を仕掛けてくるのだから堪らない。イントロで大きな声を何度あげたか分からない。そんな曲たちの中でも特に揺さぶってきたのは僕がミリオンライブを知るきっかけとなった3rdライブ、福岡公演を彷彿とさせる曲たちだった。
「サマトリ 〜Summer trip〜」。何もわからず飛び込んだ場所の一曲目「Understand? Understand!」の次を受けてあまりにも伴奏がBase Ball Bearの音に似ていて文字通りトリップしてしまった記憶。
息遣いすら聞こえるくらいの静寂の中、遠くまで届けようとマイクを握った種田梨沙さんのキリッとした顔を思い出す「ホントウノワタシ」は、あのときより表情柔らかになっていて。
そしてなんといっても「Shooting Stars」。当時ぼんやりと「この子が良いな」と思って追い始めた箱崎星梨花というキャラクターのユニット、クレシェンドブルーのメンバーが5分の4揃った日、唯一不在だったキャラクターが野々原茜。
この日以降、ユニットの5人が揃うとオタクのどいつもこいつも、Jからはじまる山下淳吾とかいう演出私物化犯罪者も揃ったように「Flooding」を出してくるようになって、この概念を生み出したゲッサンとかいうコミックスを捨てるくらい本気で嫌いになったんだけど、そんな若かった僕も水に、涙に流して忘れてしまえるくらい小笠原早紀さんの歌声が耳元に迫ってきて、使い方を最近覚えた柵に左手を預けながら、右手を高く掲げてじっとステージを見つめていた。
大好きだったコンテンツの大好きだった頃、大好きになったきっかけを再現するこの3曲。身体の動きは違えど、胸の詰まりと視界の歪みはそれぞれ同じものを感じていた。
そんな一日の最後は、Thank You!以外ありえない。TLで今日も干されたWelcome!に対してぐちぐち言ってるオタクを何人も見たけど、この日だけはありがとうともう一度叫ばせてほしかった。
クソほど長くて一切を覚えてないMCも、冷めた目で見つめるようになった演出も、全てが愛おしい。こんな感覚は滅多になかった。
「今の自分」も「このコンテンツから離れない『if』の自分」もきっと、ニコニコ笑って、心から満たされる今日のような一日というか、集約点がいずれ来ることが、実際にその日を迎えて分かったこと。それがこの日いちばん嬉しかったことだった。
愚痴を言いながらしがみついているifの自分のことも、コンテンツごとまとめて笑い飛ばせるなら、それでいいんじゃないかなって。
「あの頃に戻りたい」、そう思えるコンテンツなんてほとんどない。
「あの頃に戻りたい」、そんな願いを叶えてくれたコンテンツになると他にない。
ミリオンライブとの歩みはここで本当に一区切りだけど、ふとした瞬間に思い出して立ち寄るくらいは自分に許してもいいかな、と思える時間だった。
結論はコレ。
この感覚を味わいたくなった顔面アルファベットのゾンビが顔を出したとき、またifと今が交わればいいな、と思っている。