旅する生き物
生物が生き残り、子孫を残すためには様々な手段があります。
その1つは、生息範囲を広げ、新しい環境を進出することです。例えば、鳥などの翼を持つ動物は、ライバルのいない環境に飛んでいくことで自由に繁殖することができます。
噴火してできた島などに飛んでいけば、天敵もいなく周りに競争相手もいないので、資源をすべて使うことができるでしょう。
鳥よりも移動能力は低く、植物よりも移動能力が高い昆虫やカタツムリなどの小さな動物は基本的に歩いて移動し、魚は泳いで生息範囲を広げています。そういった中程度の移動能力をもつ昆虫、カタツムリ、魚の中には特殊な移動方法の生き物がいます。
2011年にJournal of Biogeographyに掲載された研究論文では、ノミガイという体長2.5mmほどの小さいカタツムリがなぜ、日本の本土から約1000kmも離れた小笠原諸島にいるのかを検証しました。
小笠原諸島はこれまでの長い歴史で、陸地につながったことがないため、本島と陸続きだったときに移動したのかもしれない、という仮説は支持されません。
東北大学の和田さんたちの研究グループは、300匹ほどのノミガイを実験室に持ち帰り、小笠原諸島に分布している鳥類であるメジロとヒヨドリに餌として与えました。すると鳥たちはノミガイを食べてしまいました。
ノミガイたちはそのあと30分から40分ほどで糞として排出されました。糞からノミガイをとりだし、生きている個体と死んでいる個体の割合を調べたところ、鳥の種類にかかわらず約15%のノミガイが食べられ、消化管のなかを通ったあとでも生きている姿で確認されました。
さらにそれらのノミガイは、1週間以上生存することがわかったのです。また、その中の1個体は糞として排出されたあとすぐに産卵しました。
これらの結果から、ノミガイは鳥に食べられ高い移動能力の力を借りることで、自力では到達できない島への進出を果たしたのではないかと考えられます。
鳥たちの高い移動能力を利用するのは、カタツムリだけではありません。2018年にEcologyに掲載された神戸大学の末次准教授らの研究グループ論文では、ナナフシという昆虫に注目しました。
ナナフシの卵は非常に硬く、見た目が植物の種に似ています。加えて、卵を地面にばらまくように産むことから、鳥の餌として食べられやすいのではないかと考えました。
そこで実際に、3種類のナナフシが生んだ卵を、それぞれの種ごとに40個程度選び、ヒヨドリに食べさせ糞として排泄された卵を調べました。すると5%から9%の卵が無傷であることがわかりました。
この研究では、卵のふ化は確認されませんでしたが、追加で行った70個の卵を使った同様の実験では14個の卵が排出され、2個体がふ化しました。このようにナナフシは、卵を鳥たちに食べさせ消化に耐え、移動先で糞として排出されることで新たな場所に進出していたのです。
さらに驚く例は、空を飛ぶ魚類です。この驚きの事例は、先ほど紹介したナナフシの研究論文を出版した末次准教授によって発見されました。
空を飛ぶ魚類は、鯉です。そして鯉は鳥のかわりに、ミズカマキリという普段は水中で生活し、ときおり飛行して移動する昆虫を利用します。この研究報告では、コイの卵がミズカマキリに付着していたことを明らかにしました。もしかすると、このような水生昆虫の移動が、鯉の移動に役立っている可能性があるのではないかと結論づけられています。
このようにいきもの達は、自分たちの移動能力だけでなく、より移動能力の高いほかの生き物を利用していることがわかりました。
草原を歩いたときにズボンに着く「くっつきむし」も、まさに私たちの高い移動能力を生かして利用しようとする、植物の工夫にほかならないのです。
Wada, S., Kawakami, K., & Chiba, S. (2012). Snails can survive passage through a bird’s digestive system. Journal of Biogeography, 39(1), 69-73.
Suetsugu, K., Funaki, S., Takahashi, A., Ito, K., & Yokoyama, T. (2018). Potential role of bird predation in the dispersal of otherwise flightless stick insects. Ecology, 99(6), 1504-1506.
Suetsugu, K., & Togashi, Y. (2020). Flying carp eggs. Frontiers in Ecology and the Environment, 18(1), 9-9.