つばくろ①

うちの駐車場につばくろの若いカップルが住み着いた。なかなか厄介なことである。車が停められない。箱根まで一泊二日の家族旅行、その留守中のことだ。

つばくろといっても軒下などに営巣するあのツバメではない。それはそれでやはり厄介だが、つばくろ、またはつばくろ族と呼ばれる彼らは紛れもなく人間だ。独自の宗教観を持ち、現代文明に抗って生きている。ジャマイカのラスタファリとの親和性も認められるがそのルーツは定かでない。長く伸ばして絡まりあった髪のせいか全体的に黒っぽい印象で、各地を転々とする生活を送っているところからその名がついた。政府は彼らを宗教団体とは認めていないし、また、彼ら自身も宗教だとは思っておらず、ただ、そういう生き方であるらしい。いずれにしろ、何年か前に頻発した所謂「つばくろ狩り」を問題視した政府は、彼らに対する排除、排斥、差別など一切を禁止する政令を発出した。人道的見地からすれば致し方ないのかもしれないが、今となってはもう、自身の意思と関係なく彼らを移動させることはツバメの巣を撤去するより難しい。とりあえずは門の前の路上に駐車して、

「お前たちは家に入りなさい」と、私は言った。

「でもパパ」と、助手席の妻は不安そうだ。

「いいから。彼らはなにもしないよ。いつもどおり玄関から」

そうして後部座席の息子に、おばあちゃんの荷物を運んでやるよう言いつけた。息子の隣で義母はようやく目を覚まし、

「着いたのかい」と、ぼんやりとした口調で言った。



山肌を切り開いて造成した住宅地の道幅は比較的広めだったが、それでも、いつまでも車を停めておける場所ではなかった。さてどうしたものか。南向きの斜面に建つ我が家の間口は東側のこの道路に接していて、母屋から一段低くなったところが駐車場になっている。つばくろは今、アコーディオン式のアルミの門の内側でなにやら料理をしているようだった。家族が家に入ったのを見届けてから車を降り、私はその門を開けた。レールが錆びていて耳障りな音をたてるのを、彼らに気をつかってなるべく静かにしようとしている自分が可笑しかった。

「やぁ、なにを作ってるの」

「シチューですよ」

顔を上げ、答えたのは男だった。食べます、と勧められて私は思わず笑ってしまう。

「そうだね。いや、でもその前に」

車を停めたいんだ、と。

「停まってるじゃないですか」

「ああ。だけどあそこだと迷惑になるから」

「問題ないですよ、車なんてほとんど通らない」

話しながら、私は彼らに近づいていた。つばくろのカップルは駐車場の一番奥、風の当たらないブロック塀の影に石を積み竃を設えている。いったいどこからそんな石を持ってきたのかと見れば、居間の外に妻が作った小さな花壇があるのだが、どうやらそれを縁取っていた花崗岩をいくつか拝借したらしい。

「それよりトイレをお借りしたいんですが」

彼女がずっと我慢しているのだと、男は申し訳なさそうに言った。鍋の中身をかき混ぜていた彼女も私を見て、首だけで小さくお辞儀をする。恥じらいがあるようだった。二人とも三十歳前後といったところか、とても健康そうだ。少なくとも私よりはずっと。



彼女を居間の窓から家に入れ、戸惑う妻に引き継いでから駐車場に戻ると、お隣の奥さんが勝手口から顔を出し、彼と何やら話しこんでいる。私に気づくと奥さんは言った。

「あら、おかえりなさい」

「どうも」と、それから聞こえよがしに車のことを詫びる。「迷惑ですよね」

「なんもなんも。気にしなくていいですよ」

随分と朗らかな返事だった。

それでもう、何も言えなくなった。私は竈の側にしゃがみ、鍋の中を覗き込む。傷や焦げもあったけれどまだまだ充分使えるスープ鍋にオレンジ色のどろりとした液体が煮込まれている。

「南瓜です」

主食のようなものだとつばくろは言った。火の始末だけは気をつけてくださいと、そう言い残して隣の奥さんが引っ込んでしまうと、ふいに、この人に押しつけられたのではないか、そんな疑念が頭をもたげ、

「どうしてここだったの」

私は訊かずにはおれなかった。

「つまりほら、家なら他にもたくさんあるし、もっと広い駐車場だって」

するとつばくろは平然と、分かりきったことのように答えるのだ。

「ちょうどよかったんです」

日当たりが良くて、風を避けることも出来る。竈を作る石も見つかったしこの裏の空き地には薪木になる小枝もある。それにほら、

「トイレも近そうだし」

なるほど。確かに、一旦玄関に回らなくとも駐車場から直接居間まで続く階段がある。実際についさっき、彼女を案内した時にもそこを使ったのだった。

「面白いね」と、それはまんざら嘘ではなかった。



こうしてつばくろのカップルは、そのまま居着いてしまう。五月の連休明け、桜の若葉の鮮やかな季節だった。

(続く)






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