【Boundary】心のやわらかい部分に境界線を引くこと
『子どもを迎えるまでの物語』(仮)の翻訳作業を、会社のない日にコツコツ続けている。気づけばKindleのページ位置も51%まで来た。後半は参考文献や謝辞もあるので、実際の内容は残り40%くらいかもしれない。今月に入り県外への移動もできるようになり、梅雨の合間の夏空も美しいし、少し心に余裕が生まれてきた。
なので、今日はしんどかったこの春を振り返ってみる。
しんどかった5月
3月の頭に会社員になった。けれど、入社三日目から新型コロナウィルスで、在宅勤務命令が各国の全社員に通達された。年内いっぱいは出社は強制されないそうだ。社員の安全を考えてくれる会社でよかったなあと思うし、ここ数年フリーランスだったので在宅で仕事する設備環境は整っていたし、慣れてもいたけれど、なかなかしんどい3か月間であった。
5/12までのクラウドファンディングをやっていた間は明確な目的があったし、外に向かって自分を開ききって発信していたので、あまり孤独感を感じることはなかった。けれど、クラファンが終わってからしばらく、とにかく落ち込んでいたし、他人からの言葉にびっくりするほど傷ついたり憤慨したり、久々にこれはメンタルやっべえな、と思った。
自分は仕事はあるし、自営業の人々で私よりももっと大変な思いしてる人がいるのに。籠ってて孤独でメンタル参って来てる自分なんてマシな方なのに。そんな風に思った。
でも、ずっと籠ってネットで情勢を追っている中で、だんだん遠い国の出来事も自分の内面の感情も、境界があいまいになってきてしまった。
共感力は、自分が強く健やかでいられる時は、優しくありたい時や、社会を変えたいと動く際の素晴らしい動力源になるのだけど、自分のメンタルが弱っている時の共感力は、例えばBLMで訴える警察の暴力の被害にあわれた人のこともリアリティショーの出演者の亡くなったことも、本当にものすごく辛いこととして自分を襲ってくる。全部ちゃんと向き合いたいし考えたいことだけど、だからこそ自分の感情をどう守るかを常に同時に考えないと、本当に自分が参ってしまうのだ。
弱いやつだなあと言われたら、「そうなのよ」と言うしかないのだけど、ここにいるのはその弱い私しかいないから、やはり私が私を大事にしたい。「ここまでは自分も向き合うけど、このやり方は自分が参るから一回離れようね」とか。Boundary、 境界線を引くことをもう少し上手になりたい、と思った。
自分を救うために、相手を責めるのではなく、どこで自分が傷つくか伝える
それから、こんなに参ってしまっていた原因は、会えない人たちとのコミュニケーションの形にあった。どうも距離感がまだ定まらない関係性の人々と、文字のやりとりが増えたことで、お互いにそんなつもりがなくても、言われている内容がめちゃくちゃきつく感じてしまい、だんだん傷ついて弱っていってしまっていた。反対に、良かれと思い、近しい人に私のいないところで私のことを勝手に決められて落ち込んだりもしたし、喧嘩をしたこともあった。(それでまた落ち込むと言う完全に負のスパイラルにもはまりました。)
でも、我慢するとただ根にもつだけなので、勇気を振り絞って相手にちゃんと伝えた。
「私は、そう言う言い方されると悲しく感じてしまう」「いくら好意でも、私のことを勝手に決められると悲しい」と言うことを繰り返し伝えた。相手のことは変えられないけど、自分の気持ちをまっすぐ伝えることならできる。
それが相手に届いたかは知らないけど、正直に伝えられたことで少し楽になってきた。これもまた、心の中に見えない白線を引くような行為だった。
しんどさに優劣なし
そうやって自分の心の整理がだんだんついていく中で、自分にも少し余裕が生まれて、周りの人とも連絡を取り合うことが増えた。保育園にいけない子どもと在宅で働く配偶者とずっと過ごしている人独自のストレスや、仕事で外に出なくてはならない人のストレスなど、別の形の辛さについて聞く機会が増えた。
店が潰れた、潰れそう、みたいな話もたくさんある。補償の仕組みから漏れてしまっている人を、行政は救済すべきだと、心から思う。(都民のみんな、都知事選挙行こうな、まじで。)
ただ、感情の部分にだけ視点を置いた際に、個人個人が感じるどんな辛さも本当の感情で、そこに優劣はないと思う。自分がしんどい時に、他の人の悩みを聞いて「私の方がこんなに苦しんでるのに」って思うことは簡単だ。だけど、相手が辛い気持ちを伝えてくれたなら、裁くことなく話を聞ける自分でありたい。そう思うのだ。
健やかな境界線を保ちながら、ただただ話に耳を傾けることのできる自分であれますように。
また書きます。
石渡悠起子