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寝台特急サンライズに乗って「自分にとっての旅」を思い出す夜

子どもの頃、父の実家がある兵庫県から実家広島まで両親の運転で移動していた。深夜の高速道路。車の窓から見ていた深夜高速の明かりが好きだった。夜でも人が生きている証が見える気がしたからだ。



旅の楽しみが一気に解禁された年となった2023年。今年一番の旅の思い出は間違いなく、10月に乗った寝台特急「サンライズ」だ。

国内で唯一定期運行されている寝台列車のサンライズ。ここ数年YouTubeなどで寝台特急関連の動画を多く視聴していたため、いつか絶対乗りたい!と思っていた。

私の地元は広島である。今住んでいる東京から広島へ向かうときはだいたい新幹線を使うが、三半規管が激弱の私にとっては少しストレス。最近は東京~広島間を4時間切って移動できるのぞみが出てきたが、それでもシートに座りっぱなしはきつい。

だから、一度でいいから東京~広島の移動でサンライズを使ってみたかった。実際のところサンライズは広島に止まらないので、岡山まで、もしくは岡山からの移動になる。しかしサンライズは最近特に人気で、今年のお盆は3週間前の予約でも下りは満席だった。

10月、ひょんなことから広島に一時帰省。東京へ戻る日取りが決まった日、私は勢いで「岡山から東京まで、サンライズに乗ってみたらどうだろうか」と思いたった。

戻りの日程は平日の夜。最近のサンライズの人気を思うと個室が空いているか心配だったが、存外すぐチケットはとれた。土日祝前日の東京発の下りは予約激戦だが、平日の上りは穴場のようだ。とったのはB寝台シングルで、最もスタンダードな個室。

10月25日。ついにサンライズに乗るぞ!というまさにその日、私はひどく緊張していた。

勢いでチケット取ったけど、一人で深夜に電車に乗るって大丈夫なの?そもそも岡山まで行けるかな?乗る場所間違えたらどうしよう……などといろいろ考えて不安な気持ちでいっぱいだったが、なんだかんだで岡山までたどり着く。

▲22時を過ぎた電光掲示板にも、
行き先「東京」という頼もしい文字が。

銭湯で先に入浴を済ませ、岡山駅に22時前に到着。駅構内には終電に乗る前の人が意外と多く、仕事帰りっぽい人もいた。そんな中私は旅行気分でこれからサンライズに乗るのか……と思うと少し申し訳ない気持ちになってしまう。

22時20分過ぎ。ついにその時は来た。


▲到着時のサンライズ、堂々と到着!
貫禄がすごい。
▲車体がなげぇ。


サンライズ到着のホームには私以外に4~5人の団体さん(登山後のようなおじ様おば様方)、スーツでキャリーバッグを抱えている人などがいたのだが、みんなが「待ってました!!」かのようにスマホをかまえ、到着時のサンライズを撮っていた。そのときのホームにはそこはかとない一体感といったら!!!!!!

知らない人たちと目の前のリアルを共有している感覚は、ディズニーシーでソアリンの乗車が終わった直後に客席のどこからともなく拍手が生まれ、全員でソアリンの楽しさを共有しているあの瞬間に似ていた(伝わる?この例え)。


▲かっこよさに唖然。
▲思わず「かっこいい……」とつぶやく。


乗る前に散々抱えていた不安は、サンライズの個室にたどり着いた瞬間すべて消え、ああ、やっと乗れたんだ……あのサンライズに……という感動の方が勝った。その日のサンライズは岡山を定刻より3分ほど遅れて出発した。


▲噂のシャワーカード売り場。
その日は先にシャワーを済ませていたので使わず。


▲ラウンジ。窓から夜の明かりが楽しめる。


個室の中で荷物を整理したら一通り車内の写真を撮り、アメニティとして付いている部屋着に着替えてダラダラ。

乗車前に駅のコンビニで買ったじゃがりことジュースを食し、とにかく好きに過ごせていた。個室最高。寝台最高。

部屋の広さは、移動を兼ねる空間として一人が一晩過ごすには十分だ。足も伸ばせるし寝心地もいいし、これ以上何も望まないわ。


▲身長152センチ、足元にはかなりの余裕が。


▲景色を見ながら夜に食べるじゃがりこはワルい味がした。


一通りサンライズを見て回り、一息ついて個室のベッドから窓の外を眺める。街灯や民家の明かり、ときに駅や踏切の明かりがあっという間に通り過ぎた。


▲こういう景色がずっと続く。


やがて街を抜け、真っ黒な山の輪郭が見える。その上にぽっかりと月が浮かんでいた。空気が澄んでいるのがよく分かる。

そうだ、私はこの景色が見たかったんだとふと思った。


少し雑な表現をすると、それはまさに「エモ」だった。
懐かしさ、懐古するような気持ちだった。

子どもの頃、父の実家である兵庫県から実家広島まで両親の運転で移動していた記憶を思い出す。深夜の高速道路で、車の窓から見ていた高速道路の明かりが私は好きだった。

真夜中のサービスエリアで用を足し、車に戻るときのひんやりとした空気。いつ使われるのかその頃は全く分かっていなかった、高速道路の路肩に突如現れる電話ボックスのぽつんとした光。深夜でも人が生きている証が見える気がした。

両親の運転する車の中で見た、夜の高速道路の明かり。あれが私にとっての「旅」の原点なのかもれない。眠っていれば目的地に近づく安心感、それを思い出した。

大人になってからあれもこれも自分で決めないといけない緊張感から、その夜は少しだけ解放されたような気がした。


▲記念に切符も撮影。


サンライズは横になれるので、新幹線より酔いの不安もなくリラックスできる。心地良い状態のまま目的地に近づく快適さ。個室という1人の空間。

また旅において目的地に近付くことは、この時間はいつか終わるということを示しており、寂しさを内包しているようでまた「エモ」を感じた。リラックスできているからか余計に感傷的である。心の余裕があってこそ旅の過程を楽しめるんだなあ、なんて思った。

線路内に鹿が入って20分ほど停車などのハプニングがありつつ(意外とこの停車中の方が酔いそうだった。車体が斜めになっていたから?)、サンライズは東に向けて進行。絶対日付が変わるまで景色を楽しむぞ!と思っていたが、緊張がほどけたのか23時過ぎには寝てしまった。まだ大阪駅にも着く前であった。


翌日は部屋が明るくなっている頃に目が覚め、すでに太陽が昇っていた。スマホで地図を確認したところ、サンライズは静岡あたりを走っていた。

窓から太平洋の水平線と、オレンジ色の朝日が見える。



水平線の上に浮かんだ太陽とサンライズが並走しているようで、気づけば窓の外をぼーっと眺めていた。サンライズで見るサンライズ最高だなとか、朝日が見えたってことは本当に旅の終わりが近づいているんだなぁとしみじみ感じる。 

この朝日も、私が見たかった景色だった。


▲根府川駅を通過。
▲東に進み首都圏が近づく。


歯を磨いたり荷物を整理したりして、しばらくすると横浜到着のアナウンス、いわゆるおはよう放送が車内に流れる。夜行バスなどでもあるけど、この「皆様、おはようございます」という朝の放送も好きだ。

その後サンライズはあっという間に首都圏に入り、予定時刻より遅れつつも7時台に東京駅に到着。名残惜しいサンライズとのお別れとなった。

サンライズを降りてからの足取りは軽く、楽しかった旅行気分がなかなか抜けない。あの心地よい眠りは本当に電車の中だったのか。
ちなみに肝心の寝心地は、長距離移動とは思えないほどのぐっすり感。冗談抜きで、ここ最近で一番眠れたかもしれない。

さらに不思議なもので、降りた瞬間からさっきまで乗っていたサンライズにまた乗りたくなっている。
どうやら1回乗っただけで、私もサンライズの魅力にとりつかれたようだった。何度も何度もサンライズに乗り、そのたびに「サンライズは素晴らしいですね」と語る鉄道系YouTuberの気持ちがよく分かる。あの夜の空気を感じたら。あの朝日を見たら何度でも乗りたくなるというものだ。



改めて、サンライズに乗って東京まで戻ってきたあのつかの間の旅は、今年一番良い経験だったと自信を持って言える。

単純に「サンライズに乗る」という今年の目標を叶えられた達成感もあるが、私にとって「旅とはどういうものか?」という問いにしっかり向き合えたからだ。


▲間違いなく、今年で一番いい買い物。


自分が長い間、どうしてこんなに寝台特急に心惹かれていたのか。

サンライズでの旅を終えてからずっと考えていたが、自分の「旅」の原体験を想起させる要素がたくさん詰まっていたからだと気付いた。

夜の明かり、朝早くに見る太陽。道中につまむ軽食、パーソナルな空間。心安らぐ状態で移動できていた、小さいころの旅の思い出などなど。それらすべてが私にとって大事な「旅の時間」だったのだ。

旅とは、「目的地に着く」ことだけが本質ではないのだと思う。私は小さいころから、旅の行きと帰りの過程にずっと魅了されていたのだ。

自分の原体験を思い出すことができた今回のサンライズ乗車は、とてもいい旅だった。ぜひまた乗りたい。いや、絶対に乗ろう。





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秋海まり子
日々の思うことを綴ります。エッセイ大好き&多めです!

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